2024-09-01から1ヶ月間の記事一覧
○水曜日の夜、自宅 ❖ 偽りの仮面 「偽善でも、公正無私であればそれは善だ、悪人でも善にはなれる」 「多くの場合、偽善とは私利私欲の隠れ蓑に過ぎない、私+たち、我+われと複数形を用いる人を、私は一つまみも信用しない」 「貴方はそこにはいないと知って…
○日曜日の夜、9月22日、自宅 ❖ 聡明のあるべき姿 可謂明也已矣、顔淵六 (子張から聡明さを問われ、水が染み込むような讒言や、身を切るような虚言に騙されない人こそ)聡明といえるだろう。 「聡明を夫子は定義されたが、あくまで『何ごとも過ぎる』子張の…
○日曜日の午前、9月15日、自宅 ❖ 君子とは何か 君子何患乎無兄弟也。顔淵五 (子夏はいう)君子とは仁徳に基づき、公正無私の視点で大義に生きる者です。どうして、自らの兄が陸でもないことを心患う必要がありましょうか。 「司馬牛の心情を省みれば、非道…
○日曜日の午後、9月8日、自宅 ❖ 内省と安らぎ 子曰、内省不疚、夫何憂何懼、顔淵四 (弟子の司馬牛から、君子は憂えず怯えぬことの意味を重ねて問われて)孔夫子はいわれた、自らを省みて、君子とは(内面を仁で満たしていているから、あらゆることに)何ら…
○土曜日の午後、8月31日、ウオーキング ❖ 恕の心と仁 在邦無怨、在家無怨、顔淵二 (仁とは何かの問いに、『己所不欲、勿施於人』を日常生活で実践する大切さを説かれ)そうすれば、国の政に於いても、家を治める場合に於いても怨みが生じることはないものだ…