四端録

東洋思想に関して。四書を中心に意訳して所感を述べ、三行詩にて日々の出来事、思うことを記しています。

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三行詩 第七十章(述而第七)

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○日曜日の午後、1月15日、ウオーキング

 

ちくま文庫中島敦全集3を持ってきた、コーヒーでも飲みながら読もう、『弟子』が好きだ」

 

「文学はあまり読まない、森鴎外中島敦くらいしか」

 

「若いころ内田百閒を集めたが散逸した、岩波文庫も青帯ばかりで、緑帯は手付かずではある」

 

#三行詩

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○日曜日の午後、スタバ

 

「甘かった、座る席など有るわけがない、スコーン、ドーナツ、ケーキを買う」

 

「妻と子は目的を達っしたのか帰ってしまった、いつものマクドへ」

 

「コーヒーを飲みながら読書、ゆっくりしていこう、『弟子』をじっくりと読み返す」

 

#三行詩

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○日曜日の午後、マクド

 

儒学を学んでから初めて読み返す、新たに人物が登場する度に嬉しくなる、知っている」

 

「と、横に高校生くらいの集団、騒ぐはくしゃみ鼻水咳、直ぐに出た」

 

「地はガラが悪いので、舌打ちし睨みつけたくなるのを抑える、君子危うきに近寄らず」

 

#三行詩

 

「近くのスーパー銭湯にも行かなくなった、マナー知らずの若い人たちに不快になる」

 

「集団で来て大声で会話し、湯船で大きなくしゃみをわざとする、店員さんも見て見ぬ振り」

 

「レビューを見たが、同じことを感じてる人が多く、対応しない店側含めて評価4から2へ」

 

#三行詩

 

「本来なら、周囲にいる私たち大人が彼らを教育するのが社会であるが、昨今の事件を踏まえてか、誰も言わない」

 

「この国も、どんどん修羅の国に近づいている」

 

「二十年のち、私たちの世代が七十代になった時にはリアルマッドマックスか北斗の拳の世界かも」

 

#三行詩

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○月曜日の朝、通勤

 

「子曰く、富にして求むべくんば、執鞭の士と雖も、吾亦これを為さん。如し求むべからずんば、吾が好むところに従わん。述而十一」

 

「孔夫子はいわれた、世に富を得るに正しき方法があるのであれば、例え御者でも私は行う。世に富を得るに正しき方法が無いのであれば、好むことを行った方が良い」

 

「少し解釈に迷う、恐らくは世の中を生きるに正しいことをしてお金を稼ぐべきで、不正や悪事しかないのであれば、自分の好きなことに打ち込んで、その方面から職を得てはどうか、といった意味ではないか」

 

#三行詩。#論語

 

○月曜日の朝、電車内

 

「映画、刑事物語武田鉄矢さんになった夢をみた、何故だろう」

 

「今の世の中、働き続けるのであるが老いもあり病もあり、大変なことだと思う」

 

「昨夜、一泊10万円の温泉宿体験記ブログを読んでいたら寝てしまう」

 

#三行詩

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○月曜日の朝、乗り換え

 

「気分がのらない、靴下に穴が多くなる、朝、Amazonで安物を10足買う」

 

「子は成長し、自分はどんどん老いている、至極当然ではあるが寂しくもある」

 

「駅の構内で咳をまき散らす中年男性、詰まったんだな、と妙に共感」

 

#三行詩

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○月曜日の朝、構内

 

エスカレーターが止まったままで放置されている、停滞感、この国も」

 

「ホームの前に立つ人、生活苦が服装に表れている、我が身もだ」

 

「反抗期の子からお前と呼ばれコラッ!と叱る、頑固おやじめ!、で妥協した」

 

#三行詩

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○月曜日の夕方、通勤

 

「子の慎むところは、斉・戦・疾なり。述而十二」

 

「祭祀や戦争、疫病に関して、孔夫子は常に慎重に対処された」

 

春秋時代では祭祀とは重要な政であり、戦争、疫病ともに軽々しく意見を述べられることはなかった」

 

#三行詩 #論語

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○月曜日の夕方、乗り換え

 

「悪政、戦争、疫病、春秋時代から二千五百年を経ても変わらぬ災厄だ」

 

「悪政、戦争は人災だ、現代でも私利私欲に駆られた為政者がほそく笑む」

 

「こんな時代だからこそ、愚直に論語を学ぶ、考える、実践する」

 

#三行詩

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○月曜日の夕方、通勤

 

「資産家や国会議員は人として優れている、当人のみは思っているらしい」

 

「権力者や、権力に媚びる人たちが嫌いだ、負け犬の遠吠え、結構だ、国中が遠吠えすれば笑ってられるのか」

 

「堂々と負け犬の遠吠えをあげてやろう、声高らかに負け犬の遠吠えをあげてやろう」

 

#三行詩

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○月曜日の夜、自宅

 

マクドが値上げ、悲しい、しかしビッグマックを愛するが故にマクドは許そう」

 

「スーパーも軒並み値上がり、怒りがまた沸々と、給料が上がるのは大企業ばかり」

 

「この国の99.7%は中小企業だ、中小企業が早々と賃金を上げれるものか、政治は何処を向いているのか」

 

#三行詩

 

○火曜日の朝、通勤

 

「子、斉に在して韶を聞く。三月、肉の味を知らず。曰く、図らざりき、楽を為すことの斯に至らんや。述而十三」

 

「孔夫子が遊説で斉の国に訪れた際、当地に伝わる舜帝が作曲したとされる『韶』という曲を聴かれた。孔夫子は甚く感動され、三ヶ月の間、肉の味も忘れる程であった」

 

「孔夫子はいわれた、思ってもみなかった、音楽とは、ここまでの高みに達することが出来るとは」

 

#三行詩 #論語

 

○火曜日の朝、乗り換え

 

「水面に映る月の影、人混みという濁流の内でも水面に映る月のように心は穏やで在りたい」

 

「駅のトイレが行列、身なりの良い人が居心地悪そうに居た、スルーする」

 

「まだ火曜日か、ではモチベーションが下がる、来たるべくして迎えた火曜日を、穏やかに過ごそう」

 

#三行詩

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○火曜日の夕方、通勤

 

冉有曰く、夫子は衛の君を為けんか。子貢曰く、諾、吾将にこれを問わん。入りて曰く、伯夷・叔斉は何人ぞや。曰く、古の賢人なり。曰く、怨みたるか。曰く、仁を求めて仁を得たり、また何ぞ怨まん。出でて曰く、夫子は為けざる。述而十四」

 

「弟子の冉有がいう、孔夫子は父子で君主の地位を争う衛国の内乱において子に味方をされるのだろうか。弟子の子貢がいう、私も孔夫子に尋ねてみようと思ってた。そうして部屋に入り問うた、周に仕えることなく首陽山で餓死を選んだ伯夷・叔斉をどう思われますか。孔夫子はいわれた、古の賢人である。子貢が重ねて問う、弟に君主の位を譲り、国を出た伯夷・叔斉は恨むことがあったのでしょうか。孔夫子はいわれた、仁を求めて仁を得られたのだ、どうして恨むことがあろうか。子貢は部屋を出て、冉有にいう、孔夫子は衛の内乱で王子に味方されることはないようだ」

 

「仁を求めて仁を得られた伯夷・叔斉は、結果的には餓死を選んだ。その伯夷・叔斉を「仁を得られた」といわれた孔夫子の言葉からは、孔夫子自身の仁に対する覚悟と厳しさを感じる。衛の内乱に関しては、王子にも、亡命している王子の父親にも味方することはなかったらしい」

 

#三行詩 #論語

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○水曜日の朝、通勤

 

「子曰く、疏飯を食らい、水を飲み、肱を曲げてこれを枕とす。楽しみ亦その中にあり。不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し。述而十五」

 

「孔夫子はいわれた、粗末な雑穀のご飯を食べ、水を飲み、腕を曲げて枕とする。その中にも十分に楽しみを見い出せる。一方で、私利私欲のまま不義の行いに励み、財産を得て地位も名誉もある人がいる。私にとっては彼らは浮雲のように思えるだけだ」

 

「天とひとしく仁の境地にある孔夫子にとっては、不仁、不義に励み私利私欲を肥やす輩は、まさに浮雲のような存在であり、出ては消えていく、相手にする必要もない存在なのであろう」

 

#三行詩 #論語

 

○水曜日の朝、電車内

 

空也上人の「棄ててこそ」こそ、根本に帰ることかも知れない、起点であり帰結でもある」

 

「捨ててこそ全てを得る、得るを整数で捕らえれば人は寿命が足らない」

 

「1で満足出来る人が居たなら良かったのに、相変わらず今日も+や×の虜だ、結局は−とか÷で悲鳴だ」

 

#三行詩

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○水曜日の朝、乗り換え

 

「電車内、相変わらず香水とおならが混ざったような臭いがする、人とは糞袋らしい」

 

「鼻が利く、困っている、自宅マンションの扉がペンキ塗り替えされた為、地獄だ」

 

「妻や子は平気らしい、一気にアトピーも酷くなる、今夜は何処かで泊まろうか本気で考えている」

 

#三行詩

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○水曜日の朝、一休み

 

「してもらった恩は忘れない、父母から受けた忠恕とは、やはり無二のものだ」

 

「仏教の捨てるとは、父母から受けた忠恕も捨てるのだろうか、理解らない」

 

「悟りを得れる仏僧とは凄まじき修行を修めた天才のみとか、私は忠恕を行い、六字を唱えるので精一杯だ」

 

#三行詩

 

○水曜日の夕方、通勤

 

「子曰く、我に数年を加え、五十にして以て易を学ぶ。大過なかるべし。述而十六」

 

「孔夫子はいわれた、私に寿命があり五十になってからでも易経を学ぶことが出来れば、世の中を大禍なく過ごせるだろう」

 

「この句、難解なり。伊藤仁斎先生は孔夫子、孟子の頃に易経はなかったとされ、易=亦た(また)と解釈すれば、『私に寿命があり、五十を越えても学問を続けられれば、世の中を大禍なく過ぎせるに違いない』との解釈となる。現代語訳のほとんどが易=易経との解釈の為、今回は論語集解を参考に意訳する」

 

#三行詩 #論語

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○水曜日の夕方、乗り換え

 

「本日、仕事の内容がぱっとせず空回りが多かった」

 

「最後まで選択に迷いがあり、表情は普通でも身体は汗まみれになった」

 

「最後はエイヤッで押し切るも、やはり間違い、どうも調子が悪い」

 

#三行詩

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○水曜日の夜、自宅

 

「みほとけの居場所は何処だろうか、寝る前に部屋を暗くし、枕を曲げて座り座禅する」

 

「わたしは、今、何処にいるのか」

 

「わたしを離れたみほとけもなく、みほとけを離れたわたしもない、居場所とは、今、即ち、ここだ」

 

#三行詩

 

○木曜日の朝、通勤

 

「子の雅言するところは詩と書。礼を執るも、皆雅言するなり。述而十七」

 

「孔夫子は、古の周王朝から伝わる雅言を用いて詩経書経を発音された。また、祭礼に関しても雅言を用いられらた」

 

「雅言を周王朝での発音ととるか、動詞(常にいわれた)と取るかで現代語訳が異なる。孔夫子が常に詩経書経、礼を用いられたことは違いない」

 

#三行詩 #論語

 

○木曜日の朝、乗り換え

 

儒家は学びにより仁を追い求めるものであるが、実は生まれた時から仁に包まれている、忠恕とはそういうものだ」

 

四書五経、文字が仁なのではない」

 

論語に書かれたことを深く考え、実践する、仁、礼、義、知とはお経ではなく、気付きと人の本来の心、行いだ」

 

#三行詩

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○木曜日の朝、電車内

 

「形振り構っておられない、隙間時間に過去問が出来るのか試してみよう」

 

「机の上で書類を広げるのは同じだ、仕事に使う資格でもある」

 

「働きながら国家資格を取るとは、やはり楽でない、このままではあかん」

 

#三行詩

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○木曜日の夕方、通勤

 

「葉公、孔子子路に問う。子路対えず。子曰く、汝奚ぞ曰わざる。その人と為りや、憤りを発して食を忘れ、楽しみて以て憂いを忘れ、老いの将に至らんとするを知らざるのみ。述而十八」

 

「孔夫子は子路にいわれた、師の人となりとは、学ぶに憤ることあれば食事をするのも忘れて没頭し、理りを得られればたいそう喜ばれて憂いも消え、常に学ぶのに夢中で歳を重ねていることも忘れておられます、と答えればよいのだ」

 

「孔夫子が何に憤っておられるかは文中にはなく、伊藤仁斎先生は道の得難きを憤るとされ、論語義疏は世の中で道が行われていないことを憤るとしている。楚の重臣への言葉であれば論語義疏の解釈は面白いと思う。私は、学ぶ、が浮び、そのまま意訳した」

 

#三行詩 #論語

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○金曜日の朝、通勤

 

「子曰く、我生まれながらにしてこれを知る者に非ず、古を好み、敏にしてこれを求むる者なり。述而十九」

 

「孔夫子はいわれた、わたしは生まれながらにして物ごとを知っている特別な人間ではない、ただ、古えの周王朝、堯帝、舜帝から現在にまで伝わる祭礼や聖人の教えを好み、常にそれらを追い求めて自分もそうなりたいと学んできただけだ」

 

儒家とは普通の人の集まりだ。それ以上でもそれ以下でもない。後の孟子は、君主も農民も人として、なんら変わることがないと紀元前三百年前に人間平等を説いた」

 

#三行詩 #論語

 

○金曜日の朝、乗り換え

 

「永遠とは常に新しいことだ、太古の源泉から常に新しい水が湧き出ることと似ている」

 

「学問とは、この源泉を常に掘り下げること、と孟子は説いた」

 

「源泉から湧き出た水は途絶えることなく高きから低きに、窪みを水で満たしながら進み、やがては大海に到るのだ」

 

#三行詩

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○金曜日の夕方、通勤

 

「子、怪・力・乱・神を語らず。述而二十」

 

「孔夫子は、怪奇、暴力、反乱、鬼神を語ることはなかった」

 

儒教的な祭祀の影響はもちろんあるが、古来、日本では現実主義的な徳治思想としての儒学が好まれた」

 

#三行詩 #論語

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○金曜日の夜、寄り道

 

「軽く呑んで帰ろう、金曜日だ、今週も疲れた、お疲れ様です」

 

「生牡蠣、岩塩とレモン、口中に海の味が広がり、芋焼酎ロックで」

 

「妻と子のリクエストで隣の店の天丼を買う、冷めるまでには帰ろう」

 

#三行詩

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○金曜日の夜、乗り換え

 

「いくら足掻き暴れようが最後は穏やかな静けさの中で消えていく」

 

「老いに勝ち得るものを一つ見つけた、学ぶのだ」

 

「生きている限り学ぶ、私たちは何もしない、何も出来ない、目的を失うことに耐えれない、そういう生き物だ」

 

#三行詩

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○金曜日の夜、自宅

 

「思い突き詰めれば、いつかは一片の誠に達すると信じている、志で人は変わる」

 

「この美しい国に住んでいる、この国で生きている、やがてはこの国で死ねる幸せがある」

 

「歴史を学び、今に至る連なりを知る、故に私は儒学を学ぶ、根本は孔夫子の教えにある、今、ここだ」

 

#論語

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○土曜日の午後、ウオーキング

 

「寒空の下、ショスタコーヴィチ、ヴァイオリン協奏曲1番を聴く」

 

「枯れ木にぎわう森の中で風景を楽しむ、これはこれで森の姿だ」

 

「少しお腹が冷えた、小走りで一番近いトイレに向かうもかなりある、最後はダッシュで」

 

#三行詩

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○土曜日の午後、森の中

 

「仕事の隙間時間に資格試験勉強を始めた、会社側も資格者が欲しいので手放しで賛成した」

 

「故に、家、通勤、仕事、資格、儒学の5パターンの繰り返しが合格まで続く」

 

「TVは昔から見ない、時事にますます疎くなった、家や職場での会話を聴くと驚くことばかりだ」

 

#三行詩

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○土曜日の午後、マクド

 

「一つ隣の人がWEB会議をしている、新大阪の物件が揉めて、本社で問題視されていて大変らしい、筒抜けだ」

 

「会話が五月蝿いのか、横で勉強していた受験生は舌打ちして去った」

 

「街の風情を感じる時間が楽しい、息抜きになる、さて資格勉強に戻ろう、休日は5時間以上だ」

 

#三行詩

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○土曜日の夕方、マクド

 

「新しく隣に座った人、ケバい出で立ちでレシートを机上に出し整理している」

 

「ああ、仕事が出来るタイプだ、分別、保管、破棄、テキパキと淀みない、仕事が出来る匂いがする」

 

「最後は、消毒液をかけた布巾で机を拭いてから出ていった、所作が違う」

 

#三行詩

 

所感)

■土曜日の午前

近所の皮膚科へいく。相変わらず混んでいて一時間待ちとのこと。

去年、先生がコロナに罹りしばらく閉めていたせいか、この寒いのに扉、窓を全開している。そのせいか時間まで外で時間をつぶす人が多く待合室はガランとしている。

親子連れ、二歳くらいの子が暇なのかアルファベットの歌を歌っている。

abcdまでは良いが、そこからefPとくる、さらhijMMPとまた外す、外れまくっている歌を聴きながら穏やかな時間を過ごす。

受付で名前の呼び出しがあるも、皆外出していて応えない。9番目に私の名前が呼ばれ、次ですよ、と声がかかった。ラッキーだ十分ほどで病院が終わる。

少し身体がしんどいので、直ぐ家に帰り、また寝た。