四端録

東洋思想に関して。四書を中心に意訳して所感を述べ、三行詩にて日々の出来事、思うことを記しています。

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論語 顔淵第十二(2)〈白文・意訳・所感〉

論語 顔淵第十二(12〜18)〈白文・意訳・所感〉

 

『子曰、片言可以折獄者、其由也与、子路無宿諾、』

論語 顔淵第十二 12(全文)

 

○「子曰、片言可以折獄者、其由也与、

▶孔夫子はいわれた、一言で裁判の判決を下し、皆従うのは子路のみだな。

❖ 正義実行の人、ここにあり

男児である子路に淀み無し、仁と義にかけて世を生きる男だ、決断も早ければ行動も早い、涙もろくもあり、人情家でもある。

厳密には判決を下す立場としては子路は根が綺麗過ぎる、清濁併せ呑まねばならぬこともあるが、それすら子路は正義実行の人で押し切ってしまう。

夫子は子路を褒めておられるが、内心は苦笑もされている。

 

○「子路無宿諾、」

子路は一度引き受けたことは、必ず、そして速やかに実行する人である。

武侠、仁徳を得て英雄となる

子路が登場すると、全てが子路の世界となる。裁判で良し悪しを決める、悪しとされた方もただ圧倒されてしまう。

正義の人ではあるが、短気で向こう見ずなところは相変わらずであり、その気性は世間に知れ渡っている。

ある意味、上司、同僚、部下、領民、全てに愛されるキャラは、子路の持って生まれた長所だ。

 

『子曰、聴訟吾猶人也、必也使無訟乎、

論語 顔淵第十二 13(全文)』

 

○「子曰、聴訟吾猶人也、」

▶孔夫子はいわれた、裁判官として訴訟の場に望んで公明正大に判決を下すことに関して、双方の話しをよく聴く以外は私も他の人と変わることはあるまい。

❖本来の目的と手段は何か

夫子は謙遜されているのだろうか、否、訴訟を起こされた事象に対しての本来の目的は、能吏になって優れた判決を行うのではなく、政治により訴訟そのものが不要なる社会にすることだ。

為政第二12に「子曰、君子不器」(孔夫子はいわれた、君子とは器であってはいけない)とある。

儒家の本領は、事象の対処療法ではなく原因療法にあることを述べられている。

 

○「必也使無訟乎、」

▶願わくば、訴訟自体が不要になる、民度の高い仁徳に満ち溢れ社会にしたいものだな。

❖ 不完全、故に道徳を学ぶ

君子のあるべき姿を述べられている。

人は完全体ではない、故に道徳(礼楽)により方向性を定め、君主を先頭にして仁徳の世界を実現するのだ。

人間を不完全な存在とする前提には、父母からの慈愛を受けて育つ子供のイメージが重なる。

道徳を学ぶ、実践することにより人は君子へと一歩近づく、学び続けることの大切さも伝わってくる。

 

『子張問政、子曰、居之無倦、行之以忠、』

論語 顔淵第十二 14(全文)

 

○「子張問政」

▶子張、政を問う。

❖ 功名に燃える子張

現代での一般的な子張の評価は、功名心を抱いた実利主義的な弟子としての人物像が多い。

当然ながら孔夫子の好きなタイプの弟子ではないが、論語での登場回数は子路、子貢に次いで多い。

何故かと推察すれば、私利私欲を捨てて公正無私になれる人こそ限られるのだ、子張は言わば、大多数の普通の弟子たちの代表格として取り上げられている、才知にも長けていて質問に切れがある。

孔門三千人と云えども、皆が皆、顔回子路、子貢のような優れた人物であったとは無理がある。

孔門へ入門を希望する人の多くは、修行後の官吏への斡旋や登用を期待しているのだ。

 

○「子曰、居之無倦、行之以忠、」

▶孔夫子はいわれた、倦むことなく、自らを誠にして(仁徳の政を)実践することだ。

❖気付けなかった子張

才知に過信しておざなりにならない、自らの誠を以て政に当たること、何れも子張に足らぬことを的確に夫子は述べられている。

繰り返し述べられている気配が文中からするのは、結局、欲の強い子張は終にも改めることが出来なかったことを示している。

儒家の本質は、公正無私、自らを誠にして、大きな視点で民を、国を救うことに他ならない。

夫子と云えども、人を私利私欲から遠ざけることは出来ない、公正無私の誠とは自ら気付くものであり、孔門三千人と云えども誠を抱けた弟子はごく僅かであった気がする。

 

『子曰、君子博学於文、約之以礼、亦可以弗畔矣夫、』

論語 顔淵第十二 15(全文)

 

○「子曰、君子博学於文、約之以礼、」

▶孔夫子はいわれた、君子は、経書を広く学ぶ、そして礼により、これら先王の教えをまとめ、日常に於いて実践するものだ。

❖学問は道を歩み中庸に至る

数多の経書を学ぶことは学問であるが、道ではない。礼により集約し、実践してこその学問の道である。

礼とは何か、礼節(礼儀と節度)を知るとは中庸に至る、日常生活に中を体現するのであるから究極のところであろう。

まず、経書の教えを体現した礼儀の意を掴まねばならない。礼儀作法とは物ごとを尊ぶ心から派生し、自らを誠にすること、心と動作を一つにすることだ。

物ごとに対して心と身体が一つになれば、物ごとの中、中庸が理解る、理解るではいけない、実践してこその道であり、そこで再び省みる、再び経書に学ぶのだ。

学問の道とは、礼により約さねば学問のままで終わり、礼に約し実践、省みる、改める、PDCAを繰り返せば、究極のところである中庸に至る。

 

○「亦可以弗畔矣夫、」

▶(学問を礼に約するのであれば)学問の道から外れることはなく、学び続けることが出来得るであろう。

❖日常に道がある

学問の道を外れるとは、学問に留まることだ。

文字の海を彷徨い、空論の世界が主となる。

実践、礼を伴わない机上の学びは、達成感と知識を得るのみであり学問の道とは違う。

日常生活の所作一つにも道はある。

朝の挨拶から掃除、日中は仕事に励み、夜は家庭で寛ぐ、その内で経書から学んだことを実践する、省みる、改める、再び学ぶ。

(精神論や超人思想ではなく)日常の何気ない動作に礼があり、その本質を尊ぶことを知る・行うということの積み重ねが自らの誠に繋がるのだ。

 

『子曰、君子成人之美、不成人之悪、小人反是、』

論語 顔淵第十二 16(全文)

 

○「子曰、君子成人之美、不成人之悪、

▶孔夫子はいわれた、君子は人の善行を褒め、人の悪行を止めようとするものだ。

❖ 皆、君子になれる

君子とは特別な存在だろうか、否、能力の大小により立つ場は異なれど、父母から受けた慈愛を広げれば老若男女、皆、君子になれるものだ。

自らを誠に、人を思いやる、規範・規律を自ら示す、行動を主として言葉は後付けで良い、

これらは家庭の父母そのものだ。

孟子にある、井戸に落ちようとしている幼子を止めない人はいない。

その時・その場所・その場合に合致した公正無私の思い、行いをする人は、TPO条件下では君子といえる。

 

○「小人反是、」

▶逆に、小人は人の善行を貶し、人の悪行を囃し立てるものだ。

❖ そして皆、小人だ

何故、人は私利私欲に呑み込まれて小人となるのだろう。

生活があり、何ごとにもお金がいる、いくら働いても格差は存在し、子の進学も親の収入や立場が影響する。

世の中は不平等であり、皆、偽善者である。

家庭では良き父・良き母、君子でいても、外に出ればそうは行かない、目をギラギラさせて少利も見逃すまいと小人となる。

だからこそ、学問の道がある。

学問の道を歩み、家庭での君子を、少しずつ外へ広げる、人は両面を持ち、自らの意思でどちらにも変わることが出来るのだ。

 

『季康子問政於孔子孔子対曰、政者正也、子帥而正、孰敢不正、』

論語 顔淵第十二 17(全文)

 

○季康子問政於孔子

▶魯の大夫である季康子、政を孔夫子に問う。

❖ 下克上の時代

魯の第15代君主桓公の子孫である季孫氏の一族は陪臣の立場でありながらも魯の実権を握り、季康子の代に至っては、魯の君主であるかのように不遜の限りを尽くす。

この季康子が、孔夫子に政とは何かと問うのだ。

 

孔子対曰、政者正也、子帥而正、孰敢不正、

▶孔夫子はいわれた、政とは、常に(仁徳に基づく)正しきことを行うべきです。国の政を行なわる大夫、自らが正しい道を歩めば、どうして国に不正が起こり得ましょうか。

❖ 孔夫子の怒り

夫子、魂の叫びとも思う。本来であれば周公旦の貴い血筋を継ぎ、現君主を支えて、再び天下に先王の世(仁政の世)を復活出来得る生まれ育ちながら、為すことは身内での権力抗争、本家の立場を奪い取らんと画策ばかり。

いい加減にしたらどうか、貴い血筋に連なる人よ、国は乱れ民は苦しんでいるのです、と夫子は述べている。

 

『季康子患盗、問於孔子孔子対曰、苟子之不欲、雖賞之不窃、』

論語 顔淵第十二 18(全文

 

○季康子患盗、問於孔子

▶魯の大夫である季康子、盗人に患う、とはどういうことかを孔夫子問う。

❖ 傲慢なる貴族、季康子はいう

何故、いきなり盗人の害を夫子に尋ねるのか。

前(17)にて政を問い、夫子の答えが、大夫である貴公が正しくないからだ、との答えの意趣返しかも知れない。

魯を建国した周公旦の血筋でもない、下層社会出身の者が、国政に口を挟むなど盗っ人猛々しい、との弁に思える。

 

孔子対曰、苟子之不欲、雖賞之不窃

▶孔夫子はいわれた、そもそも国の上に立つ大夫自身の欲がなければ、褒美を与えると約束しても、盗人は現れないものです。

❖ 孔夫子は堂々といわれた

陪臣の身でありながら君主の立場を狙う季康子こそ、盗人そのものではないかと返す夫子。

魯の君主の実権を奪い、いよいよと君主の座を狙う貴公の欲を捨てれば、国中の盗人は消え失せるでしょう、と述べる夫子。

この極めて緊迫したやり取りが、何故論語に記されたかはよく理解らない。

解釈が違えば、私有地での盗人に困る季康子への孔夫子の助言、とも取れるが、前後の句省みれば突然過ぎるし、そもそも国を盗もうとしているのは季康子ではないか、との結論に至る。