四端録

東洋思想に関して。四書を中心に意訳して所感を述べ、三行詩にて日々の出来事、思うことを記しています。

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三行詩 第七十二章(述而第七)

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○日曜日の午前、1月29日、ウオーキング

 

「さあ資格の勉強しよう、継続こそ力なり、金がないなら勉強だ」

 

「もはや資格取得より、日々弓矢の如く直くあることが気持ちよい」

 

「ダラダラは大好きだが、日々、直くあるからこその息抜きだ」

 

#三行詩

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○月曜日の朝、通勤

 

「子、人と歌いて善きときは、必ずこれを反さしめて、而して後これに和す。述而三十一」

 

「孔夫子が人と歌われる時、相手が素晴らしい歌い手であれば、必ず独唱してもらい、良く聴いてのち共に歌われた」

 

「孔夫子の日常でのお姿を垣間見ることができる。現代でいえば、カラオケでサビの部分を一緒に歌う感覚であろうか、和やかな気持ちになる」

 

#三行詩 #論語

 

○月曜日の朝、電車内

 

「会社にある診療所で健康診断の為、朝めし抜き、力が入らない」

 

「本場インドでビリヤニを食べたくなったが、ネット旅行記を読むと日本人には合わないとか」

 

「海外旅行はツアーパックよりフリープランが好きだ、行きたくなってきた」

 

#三行詩

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○月曜日の朝、乗り換え

 

「コロナ禍前にハノイへ行った、海外で安宿貧乏ひとり旅は昔からだ」

 

台北に行きたい、北京語で日常会話くらいは出来るので、楽しみにしている」

 

「子と二人で行くつもりであったが、反抗期に入ってしまった、もう子とは無理だろう」

 

#三行詩

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○月曜日の夕方、通勤

 

「子曰く、文は吾猶人のごとくなること莫からんや。躬をもって君子を行わば、則ち吾未だこれを得るあらざるなり。述而三十二」

 

「孔夫子はいわれた、周王朝から伝わる礼節や経書を学ぶことに関しては、私は人と同じ様には出来るであろう。しかし、この身をもって君子の道を実践しているかといえば、未だに行えているとはいえない」

 

「この句、学問の道とは経書を学び、学んだことを実践してこその君子の道である、との意と、孔夫子をもってしても、君子の道を日常や政治で行う難しさを述べられている」

 

#三行詩 #論語

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○月曜日の夕方、乗り換え

 

「健康診断、メタボ腹回りや血圧は良くなった、去年の大腸内視鏡検査のち調子いい」

 

「嬉しくなって昼食にカップラーメンを追加した、美味かった」

 

「ただ左眼の視力が良くない、適当にボタンを押して正解するも、ほぼ見えてない、眼科は苦手だ」

 

#三行詩

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○火曜日の朝、通勤

 

「子曰く、聖と仁との若きは、則ち吾豈敢えてせんや。抑もこれを為して厭わず、人を誨えて倦まずとは、則ち謂うべきのみ。公西華曰く、正にこれ弟子の学ぶ能わざるなり。述而三十三」

 

「孔夫子はいわれた、聖人や仁者の道とは、私でも、そう実践出来るものではない。ただ、これらを常に学び、人に教え続けることが出来るだけだ。弟子の公西華がいう、常に学び、人に教え続けることが私たち弟子は未だに出来ないのです」

 

「聖人である孔夫子から直接指導を受けた公西華ら直弟子でもこの言葉となる。仁の実践(究極的には天下を救う)とはいかに困難なのか、私のような凡人では及びもつかない」

 

#三行詩 #論語

 

○火曜日の朝、電車内

 

「天国を認めるとは必然的に地獄を否定しないことになる」

 

「罪の意識、とは道徳の根底にあり、万人が大小持っている」

 

一遍上人は、捨てた、全てを捨てて六字と一つになられた」

 

#三行詩

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○火曜日の朝、乗り換え

 

「真の無神論者とは、悟りを得た覚者か、何も知らない人のどちらかだ」

 

「やはり、人とは道徳による善悪二面性から離れられない」

 

「道徳を説く孔夫子の教えとは、私たち凡人の生きる規範となる、根本だ」

 

#三行詩

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○火曜日の朝、一休み

 

「現代の無神論者には注意が必要だ、心を病む、傷ついた人相手に商売繁盛だ」

 

「あと三日で地獄に堕ちるから数十万を入金しなさい、リモート除霊で分/○万円で救ってあげる」

 

「少なくとも、彼ら彼女らは確実に無神論者であり、非道徳主義者だ、地獄の住人でもある」

 

#三行詩

 

「確かに否定出来ない怪現象はある、UFOなど信じてはいないが、自らのスマホに写った画像に困ることが数年に一度はある」

 

「だからどうした、自分には関係ない」

 

「ある住職様から聞く、本職でも見たことはないし、仮に居たとしても数十万の報酬を求める私利私欲の人が、どうして除霊を出来ようか」

 

#三行詩

 

○火曜日の夕方、通勤

 

「子、疾む。子路祷らんことを請う。子曰く、諸有りや。子路対えて曰く、有り、誄に曰く、爾を上下の神祇に祷ると。子曰く、丘の祷ること久し。述而三十四」

 

「孔夫子が病気を患われ床に伏せられた。弟子の子路は心配して、祈祷をしてはどうでしょうかと請う。孔夫子いわれた、先例にそのようなことがあっただろうか。子路は答える、有ります。誄という祭祀にて天神地祇に祈るとありました。孔夫子はいわれた、私は毎日天神地祇に祈っているので必要はないな」

 

「孔夫子の病を何とかしようと愛弟子の子路は祈祷をしてはと請う。誄とは死者の功績を称えて天地の神々に祈る儀式。孔夫子は、神々に対して病気回復を祈願することようなことを好まれなかったようだ」

 

#三行詩 #論語

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○火曜日の夕方、乗り換え

 

「仕事でイライラしている、まだまだプライドを捨てていない、苦笑いと己の短気を持て余す」

 

「自らという範囲が大きくなるばかりでは他人と衝突しない訳がない」

 

「沈黙は金なり、自らとはこの身体と心で十分だ、依怙やら見栄やらプライドとか、捨ててこそ」

 

#三行詩

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○水曜日の朝、通勤

 

「子曰く、奢れば則ち不遜、倹なれば則ち固し、その不遜ならんよりは寧ろ固しかれ。述而三十五」

 

「孔夫子はいわれた、金持ちや高い地位を得ると人は奢り高ぶるし、貧しければ頑固になるか卑屈になる。人として奢るくらいなら頑固なほうがよい」

 

「結論は中庸であるべきだと述べているも、孔夫子は傲慢不遜の人を特に嫌った。ふと、貧乏であっても道を楽しむ高弟、顔回が浮かぶも彼は天才だった」

 

#三行詩 #論語

 

○水曜日の朝、乗り換え

 

「世の中、わかるわからないを超えた深みとは必ずある、得体不明のままでいい、近寄らないこと」

 

「わかるわからないの範疇で学び、わかることの世界で暮らす」

 

「得体不明には触れない触らない、訳がわからないから上手くいく、正気で居られることもある」

 

#三行詩

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「例えば、私たちはお釈迦様の手のひら、中に常に居ると仏教は説く」

 

「ここで私が思いつくのが映画マトリックスで、主人公ネオが青と赤のカプセルを選ぶシーンだ」

 

「今いる現実とはAIが創り出した仮想であり、現実(お釈迦様のてのひら)が別に存在する、全て支配されている」

 

#三行詩

 

「こうなると強く反発を覚える、私たちは上から見下されるのを嫌う生き物だ、何者であろうが」

 

「もはや西遊記孫悟空の世界だ、支離滅裂で映画の通り世界は破綻してしまう」

 

「故に、何も考えずに、私は常にお釈迦様の手のひらの中に居る、以外の思想はこの場合してはならない」

 

#三行詩

 

「他にも、前にも書いたがブッダ以外の仏様、神様が何故、人や動物の姿なのか」

 

「鉱物でもよいし、極論、ネジの姿でも仏様には変わるまい」

 

「故に、触れてはいけない、考えてはいけないことは存在する、座禅の時は座禅になる、六字を唱えるなら六字に全てを預ける、この範疇で生きるのだ」

 

#三行詩

 

○水曜日の夕方、通勤

 

「子曰く、君子は坦として蕩蕩たり、小人は長く戚戚たり。述而三十六」

 

「孔夫子はいわれた、君子とは穏やかで心に余裕があるが、小人とはいつも慌ただしく何かを恐れている」

 

「君子と小人の違いとは、常に学ぶ、学んだことを実践しているかに尽きる。志しを抱く、自らを誠にするとは、学ぶことにより得られ、自ら磨き上げるものだ」

 

#三行詩 #論語

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○水曜日の夕方、乗り換え

 

「今日は気疲れした、口より身体を動かす方が好きだ、明日もかとうんざりしている」

 

「あと二日、ヘトヘトだ、今日も早く寝よう」

 

「生体認証がハネられる、ひょっとしたら私は粗悪なクローンかも知れない、バレたのか」

 

#三行詩

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○水曜日の夜、自宅

 

「真剣に学問に打ち込んでいる先達は世に未だ出ず、ひたすら修行の日々」

 

「グーグル翻訳アプリ並みの論語が、世にもてはやされている」

 

「挙げ句にカルト主義者が横行する世の中だ、今夜は、ただ絶望している」

 

#三行詩

 

○木曜日の朝、通勤

 

「子は温やかにして厲しく、威あって猛からず、恭しくして安らかなり。述而三十七」

 

「孔夫子は、温厚でありながらも厳しさを感じ、威厳がありながらも決して荒々しくはなく、慎み深くして穏やかであられた」

 

「孔夫子の普段でのご様子が目に見えるようだ、また、君子とはこのような見えるのだ」

 

#三行詩 #論語

 

○木曜日の朝、乗り換え

 

「無を美しいと感じる感性とは、やはり仏教の影響であろうか」

 

「厳密な無、消滅とは違う、無に永遠性を感じるが故に美しいのだ」

 

「一方で、自らとは肥大化すればするほど醜悪怪奇と化す、歪んだ美意識ほど見苦しいものはない」

 

#三行詩

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「心の病んだ、傷ついた人を食い物にする人たちに怒りが湧く」

 

「一つ、真実がある、彼ら彼女らはプロの精神科医以上に聴くに上手く、カウンセリングはもはやエンターテイメントだ」

 

「標準治療からこぼれ落ちた人の受け皿としして暗躍している」

 

#三行詩

 

「カルト集団を取り締まるのは結構なことだが、被害者の受け皿は放置したままだ」

 

「つまるところ金の匂いを嗅いで次々と新たで巧妙となったカルトが次々と生まれ、被害者はイナゴの群れの様に移り変わるだけだ」

 

「結局は教育だ、宗教の自由はよい、道徳が、先祖代々伝わる道徳が失われていることが根本にある」

 

#三行詩

 

「戦前、戦中の風評故に儒学を避けたいのであれば、日本には葉隠や、吉田松陰先生の留魂録がある」

 

西郷南洲遺訓も素晴らしい、日本人の道徳、価値観の温故知新こそ今、求められていることだ」

 

「カルト集団とは氷山の一角に過ぎない、根本から変えなければ、この国の未来は暗雲のままだと思う」

 

#三行詩

 

○木曜日の夕方、通勤

 

「子曰く、泰伯はそれ至徳と謂うべきなり、三たび天下を以て譲れるも、民得て称するなし。泰伯一」

 

「孔夫子はいわれた、周の国の長男として王位を継げる立場でありながら、弟の方が優れていることに気付き、国を捨てて弟に王位を譲った泰伯とは、天下において至徳の人物といってよい。三度に渡り王位を譲るも誇ることはなく、民にその偉業を知らせることもなかった」

 

「泰伯が王位を譲った弟が季歴であり、その子が文王(武王や周公旦の父)である。のちに武王は暴虐であったかの殷の紂王を滅ぼし、天下を治めた。泰伯の徳はのちの周王朝を生み出すこととなった」

 

#三行詩 #論語

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○木曜日の夕方、乗り換え

 

「資格勉強で進展がある、二年前の過去問で正解が多くなる、手応えを感じる」

 

「他に難解な章が幾つもあり、まだまだだが過去問の繰り返しに光が見えた」

 

「隙間時間と帰宅のち就寝まで勉強するも息切れしそうなので、今日は休もう」

 

#三行詩

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○金曜日の朝、通勤

 

「子曰く、恭にして礼なければ則ち労す。慎にして礼なければ則ち思す。勇にして礼なければ則ち乱る。直にして礼なければ則ち絞す。君子、親に篤ければ則ち民仁に興る。故旧遺れざれば則ち民偸からず。泰伯二」

 

「孔夫子はいわれた、丁寧でも礼節がなければ相手にされず徒労に終わる。慎み深くとも礼節がなければ臆病と思われる。勇気があっても礼節がなければ粗野と見なされる。率直であっても礼節がなければ冷徹ととられる」

 

「君子が父母を大切にして篤く尽くせば、それを見た民の間で仁が行われるようになるし、旧い友人との関係を忘れずに友情を尽くせば、それを見た民の間で人情を重んじるようになる」

 

#三行詩 #論語

 

○金曜日の朝、乗り換え

 

「知識で考えても得た知識以上のことは出ない、何ごとも直で見ることが大切だ」

 

「直に観じること、実践によって学ぶことこそ、学問の眼目といえる」

 

「自ら生み出した小さな知識の沼に閉じこもり、いくら足掻いても、所詮、徒労か無駄に終わる」

 

#三行詩

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○金曜日の夕方、通勤

 

曾子疾あり。門弟、子を召して曰く、予が足を啓け、予が手を啓け。詩に云わく、戦戦兢兢て深淵に臨むが如く、薄氷を履むが如しと。而今よりして後、吾免るることを知るかな、小子。泰伯三」

 

「弟子の曾子が重い病を患い、門弟を近くに呼んでいう、私の足を、手を確認してみなさい、詩経に『深淵に臨むごとく、慄く心、薄氷を踏むがごとく、慎む心』と、ある通りに、父母からいただいた身体を五体満足のまま臨終を迎えることが出来た。ようやく心配から開放されるというものだな」

 

儒学において、ご先祖様、父母からいただいた身体を傷つけるのは良くないという考えがあり、それを踏まえての臨終での曾子の言葉となる」

 

#三行詩 #論語

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○金曜日の夕方、乗り換え

 

「疲れた、デスクでサボっても良かったが後日自分に跳ね返るので現場に出た」

 

「左目は霞む、腰痛、アトピー、肩こり、etc‥身体が文句を合唱している」

 

「なんとなくマーラー交響曲8番の一節が浮ぶ、今夜は久しぶりに聴こう」

 

#三行詩

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○金曜日の夜、自宅

 

「腹が立ったら横にしろ、とは子供の頃に度々母から聞いた言葉であるが、最近は孟子を読む」

 

明徳出版社刊、渡辺卓先生の孟子とは孟子好きの為に書かれた孟子だ」

 

「渡辺版孟子であることは否定しない、癖はある、しかし孟子好きとしては紛うことなき孟子愛を感じるのだ」

 

#三行詩

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○金曜日の夜、自宅

 

「父から受け継いだことが一つある、人を許すことだ」

 

「馬鹿は相手にするな、身が持たない」

 

「全くだ、今は、どう、子に受け継がせるか考えている」

 

#三行詩

 

○土曜日の午後、スタバ

 

「子は昼からラグビーの公式試合へ、長いトイレのち出かけた」

 

「妻とスタバに来た、コーヒーを飲んでいる」

 

「運良く並びの一人席が空いていた、さて、資格勉強を始めよう」

 

#三行詩

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○土曜日の夜、自宅

 

「子、ラグビー公式試合に出場し初勝利を収めて帰宅する」

 

「子、ラグビーを10ヶ月頑張ってきて良かったと、顔が輝いていた」

 

「子、いい顔になってきた、仲間とのチームワークと先生のご指導のお陰でもある、おめでとう!」

 

#三行詩

 

所感)

■学問の道

論語を週五日、朝夕に一句ずつ順番に意訳している。

今週の木曜日には泰伯第八に入った。全部で二十章あり、学而第一から八佾第三の上半分まではブログで、以降、なんとか継続出来ている。

朝に夕に、孔夫子のことを考える時間がとても楽しい。

通勤時間帯にしているので中文から長文は時間が足らず、お昼休みや帰宅後にまで及んできたが、継続は力なり、続けていきたい。

 

■令和5年2月4日(土曜日)の夜

少なくとも、ここ三年は無勝であった子のラグビーチームが今日の公式試合で勝利した。

週末は共に練習し、子の頑張りを見てきただけに、とても嬉しい。

 

グスタフ・マーラー交響曲8番を聴いている。

https://youtu.be/r-RHyZsPPEs

『この交響曲は、偉大な歓喜と栄光を讃えているものです』とマーラーはいう。

そう、今夜はこういう気分だ。

三行詩 第七十一章(述而第七)

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○日曜日の午後、1月22日、マクド

 

「寒くて出歩く気にはならないが温かいコーヒーは飲みにきた」

 

「行き掛けに田舎のNと電話する、体調が悪いらしいが相変わらずの減らず口を叩いていた、大丈夫だろう」

 

「少し孟子を読んでから資格勉強に取り組もう、穏やかな休日を楽しんでいる」

 

#三行詩

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○日曜日の午後、マクド

 

「少し勉強に飽く、眠気、窓越しから通行人を眺める、服装、歩調、雰囲気、etc‥」

 

ベートーヴェンピアノソナタ集を聴いている、ミスター・パーフェクトのポリーニの演奏で」

 

「左斜めにある蕎麦屋さんのスタンド看板に興味津々だ、蟹に牡蠣か、美味そうだ」

 

#三行詩

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○日曜日の夕方、マクド

 

「資格勉強は捗った、自分へのご褒美にビッグマックをモバイルオーダーで、ペイペイで払えるんだ」

 

「音楽はヘヴィメタル集へ、メタリカを聴く、懐かしい曲ばかり」

 

「さて、もう一踏ん張りしてから帰ろう、受かると決めたからには受かるまで続ける、猪突猛進のみ」

 

#三行詩

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○月曜日の朝、通勤

 

「子曰く、三人行めば、必ず我が師有り。その善き者を択びて而ちこれに従い、その善からざる者は而ちこれを改む。述而二十一」

 

「孔夫子はいわれた、三人で進めば、必ず自らの師と出会える。善き人あればその善きところを取り入れ、悪き人であればその悪きところが自らにあれば改める」

 

「進む、ということがこの句の主題である。学問の道しかり、人生しかり、前を向いて進む限りは、どのようなことでも学ぶ機会はある。私たちは止まってはならない、最後まで善き方向に進むのだ」

 

#三行詩 #論語

 

○月曜日の朝、電車内

 

「ようやく資格勉強の流れが出来た、通勤は三行詩を楽しむ、無理はしない、長期戦だ」

 

「孔夫子の教えを自らの規範とすべく、思う、行う、考える、行為一つが孔夫子に一歩近づく」

 

「自らを信じるとは、行動することだ、六字を唱えるように、行いが自らを変える」

 

#三行詩

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○月曜日の朝、乗り換え

 

「この歳になると人生楽で良い、お先が見えて来たので余計なことが消える」

 

「都会に憧れた人が上京して来ても彷徨うばかり、目的を発見して進むことが都会だ、何処でも都会なのだ」

 

「流れる石には苔が生えぬ、あとは息切れせぬように、マイペースで転がろう」

 

#三行詩

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○月曜日の夕方、通勤

 

「子曰く、天、徳を予に生せり、桓魅それ予を如何せん。述而二十二」

 

「孔夫子はいわれた、天が私に徳を与えたのだ。悪行を繰り返す桓魅が私に害意を持とうが何が出来ようか」

 

「司馬桓魋、宋の人、君主である景公の寵愛を盾に人のものを奪い、弱き人に強く、強き人に弱い。国を逃げ出した後は君主である景公に叛乱を重ねた。孔夫子を憎み、大樹を引き抜いて襲ったとされる」

 

#三行詩 #論語

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○月曜日の夕方、乗り換え

 

「忙しかった、隙間時間に過去問を開くも頭に入らない」

 

「思考が停まる、食欲が本体を支配している、今日の晩飯なんだろう」

 

「今日帰る家がある、おかえりといってくれる家族がいる、幸せだ」

 

#三行詩

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○火曜日の朝、通勤

 

「子曰く、二三子、我を以て隠せりと為すか。吾は爾に隠すことなきのみ。吾は行うところとして二三子と与にせざることなし、これ丘なり。述而二十三」

 

「孔夫子はいわれた、弟子たちよ、私が周王朝から伝わる秘伝の書や奥義を隠し持っていると疑っているらしいが何も隠してはいない。私が学んだことでお前たちに教えていないことは何もない。私はそういう人間だ」

 

「孔夫子は中庸の徳を常にその身に備えてられた。弟子たちは何とか追いつこうとするも及びもつかない。何故なら師に頼る、追いつこうとする時点でもはや中庸は遠い。中庸=道=天ともいえる。孔夫子はやはり聖人なのだ」

 

#三行詩 #論語

 

○火曜日の朝、乗り換え

 

「駅のトイレが行列、四人並ぶ、何故か皆茶髪の人だった、スルーする」

 

エスカレーター故障中、珍しく誘導の駅員さんが二人立っていた」

 

「師の教えから出て自ら道を得ねば二流で終わる、皆が天才顔回ではないが、自ら立つ気概は失ってはならない」

 

#三行詩

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○火曜日の夕方、通勤

 

「子、四つを以て教う。文・行・忠・信。述而二十四」

 

「孔夫子は四つのことを教えられた、一に詩経書経、礼節、音楽を学ぶこと、二に学んだことを実践すること、三に実践するに私心なく自らを誠にすること、四に嘘偽りなく誠実に人と接し信頼を得ること」

 

「孔夫子の教えとは、常に学ぶ、学ぶことにより自らを誠にする、誠のままに人を思いやる、そして世の中で実践するに尽きる」

 

#三行詩 #論語

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○火曜日の夕方、乗り換え

 

「寒風強く帽子飛ぶ、ますます寒く人の動きも慌ただしい」

 

「こういう時はぬる燗だ、ワンカップ大関でも買って帰ろう」

 

「電車が遅延、止まりませんように、事故、災害など起こりませんように」

 

#三行詩

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○水曜日の朝、通勤

 

「子曰く、聖人は吾得てこれを見ず、君子者を見るを得れば斯ち可なり。子曰く、善人は吾得てこれを見ず。恒ある者を見るを得れば斯ち可なり。亡くして有りと為り、虚しくして盈つと為り、約しくして泰かと為る。難いかな恒あること。述而二十五」

 

「孔夫子はいわれた、今の世で聖人と出会えることはなかったが、君子と出会えれば私にとっては十分だ。また、孔夫子はいわれた、今の世で善人と出会えとことはなかったが、常に変わらず物ごとを進める恒心を持つ人と出会えれば私にとっては十分だ」

 

「今の世では、私利私欲に走り他人を蹴落としさえすれば欲しかったものを得ることができ、貧乏人が大金持ちになれる。なんとも、常に変わらず物ごとを進める恒心を持つこととは、難しきことかな」

 

#三行詩 #論語

 

○水曜日の朝、電車内

 

「いつもの電車、大寒波にて運休なり、やれやれ、路線を変えて会社を目指そう、なんとかなりそうだ」

 

「通行人もざわざわしている、なんとなく映画大脱走の駅でのシーンを思い出す、笛の音が鳴れば逃げ出そうか」

 

「空港行きは出ないのにトランクを引いて歩く旅行者がいる、暗い表情からはダメもとか、そもそも橋が通行止めだろうに」

 

#三行詩


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○水曜日の夕方、通勤

 

「子、釣して綱せず、弋して宿を射ず。述而二十六」

 

「孔夫子は、釣りをしても投げ網で魚を捕ることはなく、弓で鳥を射ることはあっても巣を狙うことはなかった」

 

「自然に生きる魚も鳥も、根こそぎ捕ってしまえば、結局は我が身に返ってくるではないか。この句、解釈が色々あり、孔夫子の中庸の姿を表している、或は礼において釣りや弓射は君子の嗜みであり、漁や狩りとは異なるのだ、とも読める」

 

#三行詩 #論語

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○水曜日の夕方、電車内

 

小雪が降っている、電車は遅れている、お腹も空いている」

 

「結構忙しかった、良く仕事をし、隙間時間には、良く資格勉強をした」

 

「自家製ポテトサラダが食べたい、妻にリクエストしている、楽しみだ」

 

#三行詩

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○水曜日の夜、自宅

 

「無とは何か、静けさではないか、自らは自らで自らの喧しい自らから、一日一度は離れる、心の調整」

 

「六字を唱える、座禅する、聖書を読む、色々あってよい」

 

「寝る前に枕を折って半跏で座る、布団を羽織る、壁に向かって半目し息を整える、静けさが訪れるまで座る」

 

#三行詩

 

○木曜日の朝、通勤

 

「子曰く、蓋し知らずしてこれを作る者あらん。我は是なきなり。多く聞き、その善きものを択びてこれに従い、多く見、これを識すは、知れるの次なり。述而二十七」

 

「孔夫子はいわれた、たいして知りもしないのに適当に物ごとを書く人がいる。私はこうはしない。多くを聞いて善きことを選び規範とし、多くを読んで詳細を詳しく知る。その後に初めて物ごとを書くようにしている」

 

「孔夫子の学ぶとは、よく聞き、よく調べ、よく考えられたのだ。周王朝から伝わる祭礼や、古老に伝わる口伝を集められたアカデミックな姿も垣間見える」

 

#三行詩 #論語

 

○木曜日の朝、乗り換え

 

「夜中にお腹が冷えた、腹痛、少し調子が悪い、今日はデスクワークのみにしようか」

 

「デスクでパソコンに向かうより、現場で身体を動かすほうが好きだ」

 

「卒業旅行だろうか、ホームに三人組、大きなリュック、靴と会話内容が学生さんを物語る」

 

#三行詩

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○木曜日の夕方、通勤

 

「互郷、与に言い難し。童子見ゆ。門人惑えり。子曰く、その進むに与するなり、その退くに与せざるなり。唯、何ぞ甚だしき、人、己を潔くして以て進む、その潔きに与するなり、その往を保せざるなり。述而二十八」

 

「互郷という悪人や盗賊ばかり住む村の少年が入門を請うた。弟子たちは困惑する。孔夫子はいわれた、私の門を叩く者は誰であろうと受け入れよう、同時に私の門から去る者を追うことはない。弟子たちよ、どうして少年の入門に困惑する必要あろうか、人が学問の道を選びたいと私の門を叩いたのだ、私はその志しを受け、私の知っていることを教えるだけだ。一方でその人が学問の道から去るのであれば、もはや私の及ぶところではないだけだ」

 

「のちの孟子も、去る者は追わず、来る者は拒まずとある。学問の道とは、自らの志しを実現する為に行うものだ。私利私欲を離れ自らを誠にする、実践する。志しなき者にどうして学問を行えようか」

 

#三行詩 #論語

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○木曜日の夕方、乗り換え

 

「昨日、ジム・ビームが千百円だったので買ってみた、楽しみだ」

 

「ジャック・ダニエルが好きだ、高級になればなるほど美味しいらしい」

 

「お酒にそうお金は使えない、断酒中でもある、来週は健康診断だ」

 

#三行詩

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○金曜日の朝、通勤

 

「子曰く、仁遠からんや、我仁を欲すれば、斯ち仁至る。述而二十九」

 

「孔夫子はいわれた、仁とはそれほど遠いものだろうか、仁に至りたいと思えば、即ちそれは仁なのだ」

 

「仁、忠恕とは、今、目の前の自らの行いにある、学び、行う、省みる」

 

#三行詩 #論語

 

○金曜日の朝、電車内

 

「暗やみが深いほど光輝くものだ、一方、暗やみが浅い人は何処か抜けているように思う」

 

「暗やみに飲み込まれてはいけない、自らの器が深いのだ、大きく光輝けばよい」

 

「今朝は寒く、暗く、眠たかった、朝ご飯を食べたら元気になった、私は何処か抜けている、何故だろう」

 

#三行詩

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○金曜日の朝、

 

「マーベルコミックのヒーローとは皆暗やみを背負っている、暗やみとは共感を呼ぶ」

 

「天性の明るさや面白みを持つ人がいる、経験か、才能か、過去は語らないが、やはり暗やみはにじみ出ている」

 

西郷隆盛という人は、時代の奔流とともに大きな暗やみを抱えられ、大きな誠、大きな仁をこの国広げられた」

 

#三行詩

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「昔、一度だけ桁違いの人を知っている。自民党献金パーティーで見た大物政治家などではなく、短期で入社された派遣社員の人だ」

 

「オーラが違う、寡黙だ、いつもニコニコしている、人が集まってくる、側にいるだけで楽しい、任侠とはこういう人か」

 

「人の桁が違う、威圧感など皆無だ、辞められた後に聞いた話しでは、元反社でレジェンドの人らしい、一声上げれば数百人は集まるとか」

 

#三行詩

 

○金曜日の夕方、通勤

 

「陳の司敗問う、昭公は礼を知れるか。孔子対えて曰く、礼を知れり。孔子退く。巫馬期を揖してこれを進ましめて曰く、吾聞く、君子は党せずと。君子もまた党するか。君、呉に娶れり。同姓なるが為に、これを呉孟子と謂う。君にして礼を知らば、孰か礼を知らざらん。巫馬期、以て告ぐ。子曰く、丘や幸いなり、苟しくも過ちあらば人必ずこれを知る。述而三十」

 

「陳の司法長官が孔夫子に問う、孔夫子の君主である昭公は礼節をご存知なのでしょうか。孔夫子は答える、もちろん礼節を知っておられます。孔夫子が退室した後、司法長官は孔夫子の弟子の巫馬期を呼ぶ。君子でも権力に阿るのであろうか。昭公は(当時は)禁忌である同姓の女性を夫人とされている。禁忌を君主自ら行うなど礼節を知るとはほど遠いのに、孔夫子は礼節を知るとお答えになられている」

 

「巫馬期は退室したのち孔夫子に伝える。孔夫子はいわれた、私は幸せものだ、間違いがあれば教えてくれる人がいるのだから」

 

#三行詩 #論語

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○金曜日の夜、自宅

 

「心の世界と現実、嘘と真、暗やみに覆われた迷宮で独り苦しむ、壁ごと突き破れ、非常識こそ最後の一手」

 

「もろもろの業と喜怒哀楽、火宅の人たちと地獄の炎、永劫に苦しむ牢獄の中で彷徨っている」

 

「扉あり、入るか出るか何れが正解か、否、今、ここでひたすら座れ、門などここには無い、ひたすら座れ」

 

#三行詩

 

○金曜日の夜、自宅

 

「半世紀生きているが人の欲は減らない、誤魔化すのが上手くなったくらいか」

 

「思想、漫画、哲学、料理、歴史、音楽、絵画、etcそして儒学と出会う」

 

「孔夫子の教えとは、道徳とは人を昇華させるものだ、忠恕こそ人を完成形へと導く、信じている」

 

#三行詩

 

○土曜日の午後、ウオーキング

 

「寒いので日中は食べて寝て冬眠するも太るので森へ」

 

「子はラグビーの試合、無勝チーム故に朝から機嫌が悪かった」

 

「霙が降ってきた、温かいコーヒーを飲みに行こう、寒すぎる」

 

#三行詩

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○土曜日の午後、マクド

 

「寒かった、お茶請けのポテトが心に沁みる、温かいコーヒーを飲む」

 

マクドをささやかな贅沢とする時代になった、給料は上がりそうにない」

 

「国の少子化と物価上昇対策、異次元過ぎて庶民には届かない、アメリカとかに届いていそうだ」

 

#三行詩

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所感)

大寒

電車が止まるとここまで地獄とは知らなかった。

満員電車に乗っていて線路上で止まり1時間立ちっぱなしの経験はあるが、あれが5時間とか、恐ろしい。

 

■土曜日の夕方

マクドで勉強していたら妻と子からラインあり。

夕食は外食したいとのこと。

今から、何処へ食べにいくのか、駆け引きが始まる。さて、、、。

三行詩 第七十章(述而第七)

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○日曜日の午後、1月15日、ウオーキング

 

ちくま文庫中島敦全集3を持ってきた、コーヒーでも飲みながら読もう、『弟子』が好きだ」

 

「文学はあまり読まない、森鴎外中島敦くらいしか」

 

「若いころ内田百閒を集めたが散逸した、岩波文庫も青帯ばかりで、緑帯は手付かずではある」

 

#三行詩

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○日曜日の午後、スタバ

 

「甘かった、座る席など有るわけがない、スコーン、ドーナツ、ケーキを買う」

 

「妻と子は目的を達っしたのか帰ってしまった、いつものマクドへ」

 

「コーヒーを飲みながら読書、ゆっくりしていこう、『弟子』をじっくりと読み返す」

 

#三行詩

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○日曜日の午後、マクド

 

儒学を学んでから初めて読み返す、新たに人物が登場する度に嬉しくなる、知っている」

 

「と、横に高校生くらいの集団、騒ぐはくしゃみ鼻水咳、直ぐに出た」

 

「地はガラが悪いので、舌打ちし睨みつけたくなるのを抑える、君子危うきに近寄らず」

 

#三行詩

 

「近くのスーパー銭湯にも行かなくなった、マナー知らずの若い人たちに不快になる」

 

「集団で来て大声で会話し、湯船で大きなくしゃみをわざとする、店員さんも見て見ぬ振り」

 

「レビューを見たが、同じことを感じてる人が多く、対応しない店側含めて評価4から2へ」

 

#三行詩

 

「本来なら、周囲にいる私たち大人が彼らを教育するのが社会であるが、昨今の事件を踏まえてか、誰も言わない」

 

「この国も、どんどん修羅の国に近づいている」

 

「二十年のち、私たちの世代が七十代になった時にはリアルマッドマックスか北斗の拳の世界かも」

 

#三行詩

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○月曜日の朝、通勤

 

「子曰く、富にして求むべくんば、執鞭の士と雖も、吾亦これを為さん。如し求むべからずんば、吾が好むところに従わん。述而十一」

 

「孔夫子はいわれた、世に富を得るに正しき方法があるのであれば、例え御者でも私は行う。世に富を得るに正しき方法が無いのであれば、好むことを行った方が良い」

 

「少し解釈に迷う、恐らくは世の中を生きるに正しいことをしてお金を稼ぐべきで、不正や悪事しかないのであれば、自分の好きなことに打ち込んで、その方面から職を得てはどうか、といった意味ではないか」

 

#三行詩。#論語

 

○月曜日の朝、電車内

 

「映画、刑事物語武田鉄矢さんになった夢をみた、何故だろう」

 

「今の世の中、働き続けるのであるが老いもあり病もあり、大変なことだと思う」

 

「昨夜、一泊10万円の温泉宿体験記ブログを読んでいたら寝てしまう」

 

#三行詩

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○月曜日の朝、乗り換え

 

「気分がのらない、靴下に穴が多くなる、朝、Amazonで安物を10足買う」

 

「子は成長し、自分はどんどん老いている、至極当然ではあるが寂しくもある」

 

「駅の構内で咳をまき散らす中年男性、詰まったんだな、と妙に共感」

 

#三行詩

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○月曜日の朝、構内

 

エスカレーターが止まったままで放置されている、停滞感、この国も」

 

「ホームの前に立つ人、生活苦が服装に表れている、我が身もだ」

 

「反抗期の子からお前と呼ばれコラッ!と叱る、頑固おやじめ!、で妥協した」

 

#三行詩

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○月曜日の夕方、通勤

 

「子の慎むところは、斉・戦・疾なり。述而十二」

 

「祭祀や戦争、疫病に関して、孔夫子は常に慎重に対処された」

 

春秋時代では祭祀とは重要な政であり、戦争、疫病ともに軽々しく意見を述べられることはなかった」

 

#三行詩 #論語

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○月曜日の夕方、乗り換え

 

「悪政、戦争、疫病、春秋時代から二千五百年を経ても変わらぬ災厄だ」

 

「悪政、戦争は人災だ、現代でも私利私欲に駆られた為政者がほそく笑む」

 

「こんな時代だからこそ、愚直に論語を学ぶ、考える、実践する」

 

#三行詩

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○月曜日の夕方、通勤

 

「資産家や国会議員は人として優れている、当人のみは思っているらしい」

 

「権力者や、権力に媚びる人たちが嫌いだ、負け犬の遠吠え、結構だ、国中が遠吠えすれば笑ってられるのか」

 

「堂々と負け犬の遠吠えをあげてやろう、声高らかに負け犬の遠吠えをあげてやろう」

 

#三行詩

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○月曜日の夜、自宅

 

マクドが値上げ、悲しい、しかしビッグマックを愛するが故にマクドは許そう」

 

「スーパーも軒並み値上がり、怒りがまた沸々と、給料が上がるのは大企業ばかり」

 

「この国の99.7%は中小企業だ、中小企業が早々と賃金を上げれるものか、政治は何処を向いているのか」

 

#三行詩

 

○火曜日の朝、通勤

 

「子、斉に在して韶を聞く。三月、肉の味を知らず。曰く、図らざりき、楽を為すことの斯に至らんや。述而十三」

 

「孔夫子が遊説で斉の国に訪れた際、当地に伝わる舜帝が作曲したとされる『韶』という曲を聴かれた。孔夫子は甚く感動され、三ヶ月の間、肉の味も忘れる程であった」

 

「孔夫子はいわれた、思ってもみなかった、音楽とは、ここまでの高みに達することが出来るとは」

 

#三行詩 #論語

 

○火曜日の朝、乗り換え

 

「水面に映る月の影、人混みという濁流の内でも水面に映る月のように心は穏やで在りたい」

 

「駅のトイレが行列、身なりの良い人が居心地悪そうに居た、スルーする」

 

「まだ火曜日か、ではモチベーションが下がる、来たるべくして迎えた火曜日を、穏やかに過ごそう」

 

#三行詩

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○火曜日の夕方、通勤

 

冉有曰く、夫子は衛の君を為けんか。子貢曰く、諾、吾将にこれを問わん。入りて曰く、伯夷・叔斉は何人ぞや。曰く、古の賢人なり。曰く、怨みたるか。曰く、仁を求めて仁を得たり、また何ぞ怨まん。出でて曰く、夫子は為けざる。述而十四」

 

「弟子の冉有がいう、孔夫子は父子で君主の地位を争う衛国の内乱において子に味方をされるのだろうか。弟子の子貢がいう、私も孔夫子に尋ねてみようと思ってた。そうして部屋に入り問うた、周に仕えることなく首陽山で餓死を選んだ伯夷・叔斉をどう思われますか。孔夫子はいわれた、古の賢人である。子貢が重ねて問う、弟に君主の位を譲り、国を出た伯夷・叔斉は恨むことがあったのでしょうか。孔夫子はいわれた、仁を求めて仁を得られたのだ、どうして恨むことがあろうか。子貢は部屋を出て、冉有にいう、孔夫子は衛の内乱で王子に味方されることはないようだ」

 

「仁を求めて仁を得られた伯夷・叔斉は、結果的には餓死を選んだ。その伯夷・叔斉を「仁を得られた」といわれた孔夫子の言葉からは、孔夫子自身の仁に対する覚悟と厳しさを感じる。衛の内乱に関しては、王子にも、亡命している王子の父親にも味方することはなかったらしい」

 

#三行詩 #論語

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○水曜日の朝、通勤

 

「子曰く、疏飯を食らい、水を飲み、肱を曲げてこれを枕とす。楽しみ亦その中にあり。不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し。述而十五」

 

「孔夫子はいわれた、粗末な雑穀のご飯を食べ、水を飲み、腕を曲げて枕とする。その中にも十分に楽しみを見い出せる。一方で、私利私欲のまま不義の行いに励み、財産を得て地位も名誉もある人がいる。私にとっては彼らは浮雲のように思えるだけだ」

 

「天とひとしく仁の境地にある孔夫子にとっては、不仁、不義に励み私利私欲を肥やす輩は、まさに浮雲のような存在であり、出ては消えていく、相手にする必要もない存在なのであろう」

 

#三行詩 #論語

 

○水曜日の朝、電車内

 

空也上人の「棄ててこそ」こそ、根本に帰ることかも知れない、起点であり帰結でもある」

 

「捨ててこそ全てを得る、得るを整数で捕らえれば人は寿命が足らない」

 

「1で満足出来る人が居たなら良かったのに、相変わらず今日も+や×の虜だ、結局は−とか÷で悲鳴だ」

 

#三行詩

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○水曜日の朝、乗り換え

 

「電車内、相変わらず香水とおならが混ざったような臭いがする、人とは糞袋らしい」

 

「鼻が利く、困っている、自宅マンションの扉がペンキ塗り替えされた為、地獄だ」

 

「妻や子は平気らしい、一気にアトピーも酷くなる、今夜は何処かで泊まろうか本気で考えている」

 

#三行詩

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○水曜日の朝、一休み

 

「してもらった恩は忘れない、父母から受けた忠恕とは、やはり無二のものだ」

 

「仏教の捨てるとは、父母から受けた忠恕も捨てるのだろうか、理解らない」

 

「悟りを得れる仏僧とは凄まじき修行を修めた天才のみとか、私は忠恕を行い、六字を唱えるので精一杯だ」

 

#三行詩

 

○水曜日の夕方、通勤

 

「子曰く、我に数年を加え、五十にして以て易を学ぶ。大過なかるべし。述而十六」

 

「孔夫子はいわれた、私に寿命があり五十になってからでも易経を学ぶことが出来れば、世の中を大禍なく過ごせるだろう」

 

「この句、難解なり。伊藤仁斎先生は孔夫子、孟子の頃に易経はなかったとされ、易=亦た(また)と解釈すれば、『私に寿命があり、五十を越えても学問を続けられれば、世の中を大禍なく過ぎせるに違いない』との解釈となる。現代語訳のほとんどが易=易経との解釈の為、今回は論語集解を参考に意訳する」

 

#三行詩 #論語

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○水曜日の夕方、乗り換え

 

「本日、仕事の内容がぱっとせず空回りが多かった」

 

「最後まで選択に迷いがあり、表情は普通でも身体は汗まみれになった」

 

「最後はエイヤッで押し切るも、やはり間違い、どうも調子が悪い」

 

#三行詩

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○水曜日の夜、自宅

 

「みほとけの居場所は何処だろうか、寝る前に部屋を暗くし、枕を曲げて座り座禅する」

 

「わたしは、今、何処にいるのか」

 

「わたしを離れたみほとけもなく、みほとけを離れたわたしもない、居場所とは、今、即ち、ここだ」

 

#三行詩

 

○木曜日の朝、通勤

 

「子の雅言するところは詩と書。礼を執るも、皆雅言するなり。述而十七」

 

「孔夫子は、古の周王朝から伝わる雅言を用いて詩経書経を発音された。また、祭礼に関しても雅言を用いられらた」

 

「雅言を周王朝での発音ととるか、動詞(常にいわれた)と取るかで現代語訳が異なる。孔夫子が常に詩経書経、礼を用いられたことは違いない」

 

#三行詩 #論語

 

○木曜日の朝、乗り換え

 

儒家は学びにより仁を追い求めるものであるが、実は生まれた時から仁に包まれている、忠恕とはそういうものだ」

 

四書五経、文字が仁なのではない」

 

論語に書かれたことを深く考え、実践する、仁、礼、義、知とはお経ではなく、気付きと人の本来の心、行いだ」

 

#三行詩

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○木曜日の朝、電車内

 

「形振り構っておられない、隙間時間に過去問が出来るのか試してみよう」

 

「机の上で書類を広げるのは同じだ、仕事に使う資格でもある」

 

「働きながら国家資格を取るとは、やはり楽でない、このままではあかん」

 

#三行詩

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○木曜日の夕方、通勤

 

「葉公、孔子子路に問う。子路対えず。子曰く、汝奚ぞ曰わざる。その人と為りや、憤りを発して食を忘れ、楽しみて以て憂いを忘れ、老いの将に至らんとするを知らざるのみ。述而十八」

 

「孔夫子は子路にいわれた、師の人となりとは、学ぶに憤ることあれば食事をするのも忘れて没頭し、理りを得られればたいそう喜ばれて憂いも消え、常に学ぶのに夢中で歳を重ねていることも忘れておられます、と答えればよいのだ」

 

「孔夫子が何に憤っておられるかは文中にはなく、伊藤仁斎先生は道の得難きを憤るとされ、論語義疏は世の中で道が行われていないことを憤るとしている。楚の重臣への言葉であれば論語義疏の解釈は面白いと思う。私は、学ぶ、が浮び、そのまま意訳した」

 

#三行詩 #論語

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○金曜日の朝、通勤

 

「子曰く、我生まれながらにしてこれを知る者に非ず、古を好み、敏にしてこれを求むる者なり。述而十九」

 

「孔夫子はいわれた、わたしは生まれながらにして物ごとを知っている特別な人間ではない、ただ、古えの周王朝、堯帝、舜帝から現在にまで伝わる祭礼や聖人の教えを好み、常にそれらを追い求めて自分もそうなりたいと学んできただけだ」

 

儒家とは普通の人の集まりだ。それ以上でもそれ以下でもない。後の孟子は、君主も農民も人として、なんら変わることがないと紀元前三百年前に人間平等を説いた」

 

#三行詩 #論語

 

○金曜日の朝、乗り換え

 

「永遠とは常に新しいことだ、太古の源泉から常に新しい水が湧き出ることと似ている」

 

「学問とは、この源泉を常に掘り下げること、と孟子は説いた」

 

「源泉から湧き出た水は途絶えることなく高きから低きに、窪みを水で満たしながら進み、やがては大海に到るのだ」

 

#三行詩

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○金曜日の夕方、通勤

 

「子、怪・力・乱・神を語らず。述而二十」

 

「孔夫子は、怪奇、暴力、反乱、鬼神を語ることはなかった」

 

儒教的な祭祀の影響はもちろんあるが、古来、日本では現実主義的な徳治思想としての儒学が好まれた」

 

#三行詩 #論語

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○金曜日の夜、寄り道

 

「軽く呑んで帰ろう、金曜日だ、今週も疲れた、お疲れ様です」

 

「生牡蠣、岩塩とレモン、口中に海の味が広がり、芋焼酎ロックで」

 

「妻と子のリクエストで隣の店の天丼を買う、冷めるまでには帰ろう」

 

#三行詩

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○金曜日の夜、乗り換え

 

「いくら足掻き暴れようが最後は穏やかな静けさの中で消えていく」

 

「老いに勝ち得るものを一つ見つけた、学ぶのだ」

 

「生きている限り学ぶ、私たちは何もしない、何も出来ない、目的を失うことに耐えれない、そういう生き物だ」

 

#三行詩

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○金曜日の夜、自宅

 

「思い突き詰めれば、いつかは一片の誠に達すると信じている、志で人は変わる」

 

「この美しい国に住んでいる、この国で生きている、やがてはこの国で死ねる幸せがある」

 

「歴史を学び、今に至る連なりを知る、故に私は儒学を学ぶ、根本は孔夫子の教えにある、今、ここだ」

 

#論語

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○土曜日の午後、ウオーキング

 

「寒空の下、ショスタコーヴィチ、ヴァイオリン協奏曲1番を聴く」

 

「枯れ木にぎわう森の中で風景を楽しむ、これはこれで森の姿だ」

 

「少しお腹が冷えた、小走りで一番近いトイレに向かうもかなりある、最後はダッシュで」

 

#三行詩

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○土曜日の午後、森の中

 

「仕事の隙間時間に資格試験勉強を始めた、会社側も資格者が欲しいので手放しで賛成した」

 

「故に、家、通勤、仕事、資格、儒学の5パターンの繰り返しが合格まで続く」

 

「TVは昔から見ない、時事にますます疎くなった、家や職場での会話を聴くと驚くことばかりだ」

 

#三行詩

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○土曜日の午後、マクド

 

「一つ隣の人がWEB会議をしている、新大阪の物件が揉めて、本社で問題視されていて大変らしい、筒抜けだ」

 

「会話が五月蝿いのか、横で勉強していた受験生は舌打ちして去った」

 

「街の風情を感じる時間が楽しい、息抜きになる、さて資格勉強に戻ろう、休日は5時間以上だ」

 

#三行詩

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○土曜日の夕方、マクド

 

「新しく隣に座った人、ケバい出で立ちでレシートを机上に出し整理している」

 

「ああ、仕事が出来るタイプだ、分別、保管、破棄、テキパキと淀みない、仕事が出来る匂いがする」

 

「最後は、消毒液をかけた布巾で机を拭いてから出ていった、所作が違う」

 

#三行詩

 

所感)

■土曜日の午前

近所の皮膚科へいく。相変わらず混んでいて一時間待ちとのこと。

去年、先生がコロナに罹りしばらく閉めていたせいか、この寒いのに扉、窓を全開している。そのせいか時間まで外で時間をつぶす人が多く待合室はガランとしている。

親子連れ、二歳くらいの子が暇なのかアルファベットの歌を歌っている。

abcdまでは良いが、そこからefPとくる、さらhijMMPとまた外す、外れまくっている歌を聴きながら穏やかな時間を過ごす。

受付で名前の呼び出しがあるも、皆外出していて応えない。9番目に私の名前が呼ばれ、次ですよ、と声がかかった。ラッキーだ十分ほどで病院が終わる。

少し身体がしんどいので、直ぐ家に帰り、また寝た。

三行詩 第六十九章(述而第七)

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○月曜日の朝、1月9日、ウオーキング

 

「今朝、アマプラ映画で邦画の犯罪ものを観たせいか心が暗い」

 

「子の宿題は絶望的だ、家族全員が暗やみに包まれている」

 

「夜更しした子、昼から立て直そう、それまで資格勉強に励もう」

 

#三行詩


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○月曜日の朝、ウオーキング

 

「昨日は昼からサイゼリヤで友人と新年会、安くて美味い、大好きだ」

 

「1.5リットルの赤と白、スパークリングワイン、赤ワインを各1本、四人で痛飲する」

 

「相変わらずのバカ話に花が咲き、とても楽しかった、また集まろう」

 

#三行詩


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○月曜日の午前、マクド

 

「少し気分がのらないので、岩波文庫孟子(下)を読んでいる」

 

「昼からの計画を立てる、まず環境、部屋をきれいにして、整理整頓、残りの宿題を見える化して優先順位を決める」

 

「間に合わないなりに道筋を立てる、提出物とは結局は提出するのだ」

 

#三行詩


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○月曜日の午前、マクド

 

「結局、子が本気にならねばどうしようもない、筋トレしている場合ではないと思う」

 

脳筋とメンタル豆腐は親ゆずり、ため息をつく」

 

「一人っ子なので構い過ぎのきらいは十分にある、ほっとくのも手だ、さて、次の手は」

 

#三行詩

 

○月曜日の午前、森

 

「本屋さんで『塾へ行かなくても成績が超アップ! 自宅学習の強化書』なる本を買う」

 

「我がことであれば、進むか逃げるで話しは終わる」

 

「物事とはシンプルに考えること、整理整頓すれば大概糸口は見える、目的と目標を明確に、確実に刻む」

 

#三行詩

 

○月曜日の夕方、ジョギング

 

「子の冬休みの宿題、英語を終わらし、数学残り三枚、夕方、親子で脳筋故に大グラウンドへ」

 

ラグビーの練習、子、確かに筋肉質になってきている、のち走り込み」

 

「さて、明日から日常が始まる、会社と家の往復だ、メンタルを強く、身体は無理をせず」

 

#三行詩


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○火曜日の朝、通勤

 

「子曰く、徳の脩まらざる、学の講ぜざる、義を聞きて徒る能わず、不善改むる能わざる、これ吾が憂いなり。述而三」

 

「孔夫子はいわれた、自らの徳を修めようとしない、学問を日々進めることがない、正しき義を前にして行動することが出来ない、自らの不善を理解しながらも改めれない、これらが私の憂いである」

 

「この章句、誰のことを述べたのかは置くも、儒者たるもの、この四つの『出来ていない』は、他人に向けてではなく、常に自らに省みることが大切だと思う」

 

#三行詩 #論語

 

○火曜日の朝、乗り換え

 

「お祭りののぼり旗が風で揺れていた、ふと、六文字とは風か旗か迷う」

 

「結論は風でもなく旗でもない、今、ここが、即ち六文字だ」

 

「主客からの脱却、水面に映る月の姿、暗室の内にあり隙間からの光」

 

#三行詩


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○火曜日の朝、電車内

 

「人間の中で揉まれるとは、やはり人に成長にとって必要なのだろう」

 

「善き人よりは無関心、悪き人との出会いの方が多く思われるが、人とはどちらでもない」

 

「勧善懲悪、歪んだ正義の誘惑に流されてはいけない、中庸とは偉大なり」

 

#三行詩


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○火曜日の夕方、通勤

 

「子の燕居、申申如たり、夭夭如たり。述而四」

 

「孔夫子がご自宅で寛がれている時は、伸び伸びとして穏やかな笑顔を浮かべておられた」

 

「孔夫子の日常でのお姿や人となり、雰囲気が伝わってくるように思える」

 

#三行詩 #論語


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○水曜日の朝、通勤

 

「子曰く、甚だしいかな、吾の衰えたるや。久しいかな、吾復た夢に周公を見ざること。述而五」

 

「孔夫子はいわれた、なんと老いたことか。文武両道の周公旦に憧れながらも、夢にみなくなってから久しい」

 

「周公旦は、中国周王朝の政治家で且つ、周邑の君主。姓は姫、諱は旦。魯の初代の公である伯禽の父。太公望や召公奭と並ぶ、周建国の功臣」

 

#三行詩 #論語

 

○水曜日の朝、電車内

 

「私は言葉が多過ぎる、述べなくてよいことまで文字にしている」

 

「言葉ありきながら、言葉以外の感覚も大切だ、白黒が全てではない」

 

「言葉オバケ、何かの呪いか、取り憑いた過去が訴えているのか、興味深い」

 

#三行詩


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○水曜日の朝、乗り換え

 

「ビル街の谷間を歩いている、手塚治虫の漫画で読んだメトロポリスが脳裏に浮ぶ」

 

「人とは言葉にした綺麗ごとを歌うも、実現するも、中身は欲でドロドロだ、変わらない」

 

「良く生きる、とは難しい、それでも已の運命を受け入れ、穏やかに消えるとしよう」

 

#三行詩


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○水曜日の朝、一休み

 

「まさか、また、海外に税金をばら撒くか、欧米の軍産複合企業体から兵器を大量購入しにいくのか」

 

「外遊の度に自らの名前を欧米諸国に覚えてもらおうと媚びているとしか」

 

「物価が上がり、給料は上がらず国民の生活は苦しい、増税を匂わせ、海外には税金をばら撒き、欧米産の兵器を買う、いったい何処の国の宰相なのだろう」

 

#三行詩

 

○水曜日の午前、二休み

 

「結局はSNSとは飴と鞭の無理ゲーな気がする、或は自分しだいか」

 

「批判を受け入れられないのであれば紙のノートに書けばよい」

 

「次々と現れる論客を倒せたとしても、最後には肥大した自分自身に負けるのだ」

 

#三行詩

 

○水曜日の夕方、通勤

 

「子曰く、道に志し、徳に拠り、仁に依り、芸に遊ぶ。述而六」

 

「孔夫子はいわれた、君子とは天と同じくしてその道を志し、自らの徳を修めて根本とし、何事にも仁から離れることはなく、六芸(礼儀・音楽・弓術・馬車術・書道・算術)を楽しむものだ」

 

「天と志しを同じくして自らの根本を徳で修め、行いは仁、六芸は楽しむレベルにある。今更ながら君子とは超人の様に思える。そして仁の上にはさらに聖がある。孔夫子の教えに、ただ圧倒されるばかりだ」

 

#三行詩 #論語


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○水曜日の夜、自宅

 

「諸事情あり、ツイッターを止める段取り通りに進んでいたが、止めた」

 

Tweetをまとめた週一回のブログの熱心な読者である高齢の母より、ストップがきた」

 

「毎週、楽しみにしているのに、とても残念だと、子として母の笑顔に抗えるはずもなし」

 

#三行詩

 

○水曜日の深夜、自宅

 

「夜、目がさめたので岩波文庫柳宗悦著、南無阿弥陀仏を読む」

 

「よろずのものは我れ独りではない」

 

「問う、神様、仏様は何処におられるのか。答え、貴方は今、どこにいるのか」

 

#三行詩

 

○木曜日の朝、通勤

 

「子曰く、束脩を行うより以上は、吾未だ嘗て誨えること無きにあらず。述而七」

 

「孔夫子はいわれた、礼で定められた最低限の干し肉一束を持参した者であれば、私はどのような身分、性格の者でも教えないことはなかった」

 

「孔夫子の教えは、礼を伴えば何人も受けることが出来た、学問の道に差別なく、現代においても変わらない」

 

#三行詩 #論語

 

○木曜日の朝、乗り換え

 

「また悪夢、過去に出会った屑の様な人が登場し迷惑をかけられた」

 

「酒乱、陰険、暴力、臆病、上に媚びる、複数の女性関係、世の中に屑はいる」

 

「自分がこうはならぬように反面教師として登場したのかも、嫌悪感のみ」

 

#三行詩


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○木曜日の朝、電車内

 

孟子の好きな章句を暗唱して機嫌を直す、トイレは行列、スルーした」

 

「今週は低調だ、より慎重な言動を心掛けよう、ポカミスに注意」

 

「良く生きるとは、慎み深く、自らの運命を受け入れる強さを持つこと」

 

#三行詩


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○木曜日の午前、一休み

 

ツイッターのオフ会なるものがあるとフォロワーさんのツイートで知る」

 

「考えたら私は宇宙人で、身の丈が3メートルあり、今、ケンタウロス星からtweetしている、かも知れない」

 

「オフ会に現れる人が果たして地球人なのか確証はない、行く理由が見当たらない、私は怖がりなのだ」

 

#三行詩

 

○木曜日の夕方、通勤

 

「子曰く、憤せずんば啓せず、非せずんば発せず。一隅を挙げて、三隅を以て反らざれば、則ち復せざるなり。述而八」

 

「孔夫子はいわれた、学問に対して学ぼうとする情熱がない人、学問に行き止まった時に考え尽くして悩まない人、四隅の一隅を教えて残りの三隅を考えようとしない人には、私は二度も教える必要を感じない」

 

「学問の道とは主体的に、自らの仁を広くする為に行うことであり、師がどうこう出来るものでは決してない」

 

#三行詩 #論語


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○木曜日の夕方、乗り換え

 

「先に志しがあり、次に自らを誠として人を思いやるのが忠恕であり、仁といえる」

 

「志しが大きいほど誠も大きく、その為の行いも激しくなる」

 

「ふと、吉田松陰先生を思う、巨大な誠は、先生が亡くなられた後もこの国を変えた」

 

#三行詩


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「講孟箚記にある、孟子は素晴らしい書だが、二千年以上前に書かれており、時代に則した良い部分を学べば良い」

 

「同様に吉田松陰先生ならいわれるであろう、講孟箚記から学ぶにあたり、現代に則した部分を学べば良い」

 

「先生の学問は、あくまで現実的である。盲信する必要はなく、学問を学ぶ一人として、時代に則した解釈をすれば良いのだ。儒者とは現実から離れることなく忠恕を実践する人のことだ」

 

#三行詩

 

○金曜日の朝、通勤

 

「子、喪ある者の側で食すれば、未だ嘗て飽かざるなり。子、是の日に於いて哭すれば、則ち歌わず。述而九」

 

「孔夫子が、喪中の人と食事をするときに満腹まで食べることはなく、葬儀に出席した日に終わったからといって詩を唄うことはなかった」

 

「礼とは、根底に人を尊ぶからこその礼であり、孔夫子は見せかけだけの礼を好まなかった」

 

#三行詩 #論語

 

○金曜日の朝、電車内

 

柳宗悦によれば、私たちは常に神様、仏様の手のひらにいるらしい」

 

「哲学か宗教か、思想か未知の領域かはよくわからない、ただ、亡父はその手のひらの上に居てほしい」

 

「現実主義と汎神論は相反するのではなく、同じことを述べているのではないか、最近そう思う」

 

#三行詩


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○金曜日の朝、通勤

 

「駅のトイレ、最近、粗忽がないところの方が少ない、マナーとは何ぞや」

 

「昨日、インテリノッポを見かけたがメガネはいない、ノッポは下を向いていた」

 

「人目のないところで、どのような所作を行えるのか、人の器とは所作に表れる」

 

#三行詩


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○金曜日の朝、乗り換え

 

「覚悟とは、眦を吊り上げて感情を昂らすのではなく、覚悟をも捨てて平常心にあることだ」

 

長渕剛さんのJEEPが脳内に流れている、今日は調子が良いか悪いかのどちらかだ」

 

「結局、捨てることが私たちにとって最も尊いとは、なんとも神様、仏様とは意地が悪い」

 

#三行詩


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○金曜日の朝、一休み

 

「映画マッドマックスの悪役そっくりの道路族たちが道の往来でスケボーをしつつ奇声を上げ、大音量で音楽を鳴らす」

 

「私含めて寄らず触らずで先を急ぐ人ばかりのなか、小柄な老婦人が一人、歩みより正々堂々と文句をいい、彼らを退散させた情景をみたことある」

 

「覚悟なのか、義侠心か、或は単純な怒りか、凄い行動だ、私の子供時代には、この国には、こんな人たちがあちこちに居た気がするが、最近は何処かへ行ってしまった」

 

#三行詩

 

○金曜日の朝、二休み

 

「マッドマックスを地で行く治安の悪い国では、住民がもはや逃げ出している」

 

「だからといって、私は孟子性善説を否定はしない、人の本質は学ぶこと、教育にある、本来は善人だ」

 

「志しが欠けている、誠が失われている、学ぶことを忘れてしまっただけだ、貧富の格差が学んでたどり着ける領域を超えてしまった」

 

#三行詩

 

○金曜日の朝、三休み

 

「貧富の格差を打ち破るくらいの思想、例えば学問の道、という明かりが必要だ、過去の人物ではなく、生きている人で」

 

「省みれば、現代の社会こそ、儒学のいう聖人の登場を待ち焦がれている、社会を変革するくらいの聖人を」

 

マルクスレーニンのような思想家かも知れない、或は、カルヴァンかルターのような宗教改革でも始まるのか、ひょっとしたら吉田松陰先生のような儒学から大きな、時代を変える誠が生まれるかも知れない」

 

#三行詩

 

○金曜日の午前、四休み

 

「もちろん聖人や革命家を語る独裁者にはうんざりしている。現代に於いても甚大な災厄を生み出している。聖人や革命とはあくまで思想でなければならない、取って付けた様な二番煎じではなく」

 

「ならば、生物学の分野かも知れない。ホモ・サピエンス学者こそ、富の格差を起因とする人の停滞を解決する方法を考え得るのだ。こうまでくると儒学を遠く離れ、SF小説や映画の匂いがしてくる」

 

「もの凄い成果があり、ある日世界は変わっていた、などは戦争や悲劇以外にはあり得ない。やはり、こつこつと論語を学ぶ、仁を、忠恕を周囲へ広げることこそ、世の中を救う王道なのだろう。学問の道、学ぶこととは世の中を(いつかは)救うのだ」

 

#三行詩

 

○金曜日の夜、夕方、通勤

 

「子、顔淵に謂いて曰く、これを用うれば則ち行い、これを舎つれば則ち蔵る。唯我と爾と是あるかな。子路曰く、子、三軍を行わば、則ち誰と与にかせん。子曰く、暴虎馮河し、死して悔いなき者は、吾与にせざるなり。必ずや事に臨みて懼れ、謀を好みて成さん者なり。述而十」

 

「孔夫子が弟子の顔回にいわれた、古い言葉に、世に出れば天の道を行い、世に潜めば天の道を楽しむ、とあるが、これを行えれるのは私と汝くらいだな。弟子の子路がそれを聞いて、顔回に負けてたまるものかと孔夫子に問う、国を挙げて全軍を率いて戦場に赴く場合には、誰を連れて行かれますか。孔夫子はいわれた、暴れる虎と平然と闘い濁流の大河を歩いて渡るような死をも恐れぬ者とは、一緒に戦場に赴きたくはないものだ。大事には臆病で、あくまで慎重を期し、ものごとを為すに事前に謀を巡らし、確実に成せる人とならば赴くであろう」

 

「孔夫子と顔回の会話に腹を立てた子路が、勇壮果敢たる自分の長所をアピールするも、逆に暴虎馮河は良くないとたしなめられた。もちろん孔夫子にとって顔回子路も大切な愛弟子である。孔夫子は兼ねてから子路の直情径行、短気な性格からくる言動を心配されていた」

 

#三行詩 #論語


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○金曜日の夜、自宅

 

「毎日、論語の章句を順番に意訳している、考えている、近ごろ楽しくなってきた、面白い」

 

「平日に朝夕二句、論語の意訳を一周するには三年くらいか、終わったらまた最初から、生きている限りは繰り返そう

 

「江戸時代前期の儒学者である伊藤仁斎先生は、論語を最上至極宇宙第一の書とされた」

 

#三行詩

 

○金曜日の夜、自宅

 

「いつも通り明治書院孟子を開く、凛とした風が吹き、忽ちBC300年前後へ」

 

「梁恵王章句上、白文、書き下し文を読む、恵王を前にして、背筋を垂直に伸ばして返答する孟子の姿がみえる」

 

孟子は面白い、権力に対して怯むことなく、天下の為に堂々と仁義を述べている」

 

#三行詩


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○土曜日の午後、ウオーキング

 

論語論語だ、最近、書店で見かけるとんでも訳本の認識が変わる」

 

「孔夫子がいわれたことだ、どう加工しようが、仁であり、忠恕に変わりない」

 

「現代語訳の優劣に拘る愚に気付く、自ら門を狭くして、何が仁か」

 

#三行詩


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○土曜日の午後、森

 

儒学を学び、自らを磨き上げるつもりが、自らを狭くしている」

 

「我が身で例えれば、独学故か、掴んだ手掛かり足掛かりに固執している」

 

「つまらん掛りなど放り投げて、どっぷりと暖かな仁に溶けてしまおう」

 

#三行詩


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○土曜日の午後、森

 

「薄く靄がかかる雨上がりの森を、長靴を履いて、好きな音楽を聴きながら歩いている」

 

「ご機嫌さんだ、心が直くなっていく、ぷち非日常を楽しんでいる」

 

「そろそろ温かいコーヒーを飲みに行こう、もちろんお茶請けが楽しみだ、資格勉強も頑張ろう」

 

#三行詩


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○土曜日の午後、マクド

 

「温かいコーヒーとお茶請けを楽しむ、ビックマックよ大好きだ」

 

「食後、相変わらず孟子を読む、尽心章句上一も名文だ」

 

「『其の性を知らば、則ち天を知らん』何度読んでも、ビビビッと心に刺さる」

 

#三行詩


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○土曜日の夕方、帰宅中

 

「間違いは誰にでもある、人のせいにするか自分に帰するのか、自分に帰するにしろ、何処を原因とするのか、能力か、徳か」

 

「仁とは能力の大小ではない、人の根本とは徳にあり、徳とは学問により万人が高めることが出来る、徳を高めようとする人はもはや小人ではない」

 

「故に、孟子は人間平等を唱えたのだ、私のように能力が低ければ低いなりに周囲に仁を広げる道があり、高ければ、果ては天下の民を救う天の道もある」

 

#三行詩


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所感)

■土曜日の正午

冬の雨が降っていて出かける気にならない。

明日、誕生日なので妻はご馳走をつくってくれるらしい。子は毎年似顔絵を描いてくれる。

田舎の母がビールを一ケースを送ってくれた。この歳でも母は母、子は子らしい、嬉しい。

田舎のNから電話あり、私と同じく、この時期はアトピー(アレルギー)が酷いらしい。一つ上の友人が亡くなって通夜に出席したとのこと。等々、昼下りに、なんとなく雑談。

このままでは、また太るし月末は健康診断が控えている。少しウォーキングに出かけようか考えている。穏やかな週末を過ごしている。

 

■五十二歳をむかえて

儒学を学ぶにあたり気に入っていることが一つがある。

生きている限り、儒家は学ぶのだ。

学ぶとは、常に自らの徳を高め周囲に善いことを及ぼし、ついには天下に仁政を行き渡らせる為に学ぶ。

私はコテコテの孟子原理主義者なので当然ながら学ぶ=戦う。

死後のことなどどうでも良い(亡父もそうだった)、生きている限りは戦う=学ぶのだ。

人間、長く生きていると色々とややこしくなる、色々と縺れてくる。

だからこそ、自らの内を貫き通す一つが必要だと思う。