四端録

東洋思想に関して。四書を中心に意訳して所感を述べ、三行詩にて日々の出来事、思うことを記しています。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

三行詩 第百二十七章(子罕第九②)

f:id:aristotles200:20240224222928j:image

○月曜日の朝、2月19日、通勤

 

且予与其死於臣之手也、無寧死於二三子之手乎、且予縦不得大葬、予死於道路乎。子罕篇十二

 

(孔夫子はいわれた)そのような偽の家臣団に偽の大夫として天に見送られるより、門弟の二三人に見送られるほうがよい。大夫としての大葬がなされなくても、まさか亡くなったのち道に捨てられることはあるまい。

 

「重病で、このまま亡くなるかもしれない時の話し。孔夫子は礼節は尊ぶも、権力や世間の評判に対しては単に付属することであり、重きを置いていないことがよく理解る。孔夫子は私利私欲の人ではなく、終生を学問の道に歩まれたのだ。当然ながら先に亡くなった子路が登場する為、この時は病は持ち直された」

 

#論語

 

○月曜日の朝、乗り換え

 

「毎朝乗り換えで車内12分の待ちがある、座れたら寝る、不思議とこの短い時間で意識消え熟睡することが多い」

 

「駅到着1分前にアラームが鳴るようにしている」

 

「寝ぼけ眼でひょろひょろ車内を歩きながら出口に向かう、定年まで変わるまい、正直、朝は苦手らしい」

 

#三行詩

 

○月曜日の午後、一休み

 

イノベーションを受入れ、医療や生活の質を上げるのは賛成だ」

 

「しかし、古いもの、古くて良いものもある」

 

「機械式時計に愛着があり、この十七年間、腕時計は黒ミルガウスだ、最期は子に譲りたい」

 

#三行詩

 

○月曜日の夕方、通勤

 

子貢曰、有美玉於斯。韞匵而藏諸。求善賈而沽諸。子曰、沽之哉、沽之哉。我待賈者也。子罕篇十三

 

子貢はいう、ここに天下一の美玉があります。箱にしまって大切に保管しましょうか、或いは、善い買い手を探して、高値で売りましょうか。孔夫子はいわれた、売ろう、売ろうとも。ただ、私は善い買い手を待っているのだよ。

 

「孔夫子を天下一の美玉に例えて、高弟の子貢が孔夫子に仕官意思を尋ねた句。しかし孔夫子自ら仕官を君主へ働きかけはしない。何故なら、孔夫子は先王の教えを実践する人だ、自らの仁徳を広げて、周りから推薦されることが先王の教えである。そもそも目的は仕官ではない(自らの栄達や名声、権力を得る為ではない)、君子である君主を導き、天下泰平、苦しむ民を救うのだ。優秀な子貢は勿論、孔夫子の思いを理解している。しかし、諸国を遊説して十四年、君子たる君主は見つからず、孔夫子ほどの人が政を行うこともなく諸国を漂泊している。

忸怩たる思いで、師に、天下一の美玉をどうしましょうかと尋ねたのだ。それでも孔夫子はぶれない、何故なら、自らの存在に天命を自覚し、遥か遠い未来すら見据えておられたからだ」

 

#論語

 

○月曜日の夕方、乗り換え

 

「モラルを守らない隣人たちに怒る、そして法を強くする、社会全体に不満が広がる」

 

「モラルとは、自ら広げるものだ、他人への批判や増悪は、さらなる批判と増悪の連鎖しか生まない」

 

「孔夫子の教えとは、自らを誠にすることと人への思いやりだ。社会全体のモラルを上げるとは、個々が自らを誠にし、人を思いやる、実践しなければならない。その為にはやはり道徳教育を強化すべきだと思う。何を学ぶかは議論があってよいが、私は儒家を目指しているので論語と孝経の素読を奨めたい」

 

#三行詩

 

○月曜日の夜、自宅

 

「ひたすら焚き火の映像を流すYouTubeがある、最近お気に入りだ、寝る時に流す」

 

「2024年2月19日を生きる一人の日本人であるが、血筋を遡れば弥生、縄文時代に至る」

 

「13000年前のご先祖もこうやって焚き火を見ていたのだ、もっとも現代はiPadProだが」

 

#三行詩

 

○火曜日の朝、通勤

 

子欲居九夷、或曰、陋如之何、子曰、君子居之、何陋之有。子罕篇十四

 

(仁徳を省みない世の中を歎じて)孔夫子、遥か東方にある九夷という国に赴こうとする。或る人はいう、蛮族が住む国ではありませんか。孔夫子はいわれた、貴方のような君子が赴けば、瞬く間に仁徳に教化されるでしょう(道なきこの国より、未開でも純真な民が住む蛮族の国のほうがましではないですか)。

 

「九夷とは、昔、中国の漢民族が東方にあると考えた九つの野蛮国。畎夷  ・于夷 ・方夷・黄夷・白夷・赤夷・玄夷・風夷・陽夷をいう。一説では、儒教の経典を学ぶことが好きで、文学や史書を愛読する民であったらしい」

 

#論語

 

○火曜日の夕方、通勤

 

子曰、吾自衛反於魯、然後楽正、雅頌各得其所。子罕篇十五

 

孔夫子はいわれた、諸国外遊中に衛や鄭で、周王朝から伝わる正しい演奏を学ぶ機会を得た。魯に帰国のち誤った演奏を改めさせた。今では朝廷の舞楽なる雅、宗廟の舞楽なる頌が、魯でも正しく演奏されるようになったのだ。

 

「後半の『得其所』(其の所を得たり)とは、かの周公旦を祖とする魯の国の礼楽が、先王の教えに則って正しく行われ演奏されるようになったことだ。孔夫子の故国を思う、故国を誇らしく思うお気持ちが伝わってくる」

 

#論語

 

○火曜日の夜、自宅

 

日課論語講義写経のち、明治書院『孝経』を毎夜ぼちぼち読んでいる」

 

「これは良書だ、初心者向けらしいが、儒学を学んでいる者からすれば根本を学べる」

 

「同じく初心者向けの朱熹の『小学』より、私は孝経のほうが好きだ、孔夫子の匂いがする、論語と同じ匂いだ」

 

#三行詩

 

○水曜日の朝、通勤

 

子曰、出則事公卿、入則事父兄、喪事不敢不勉、不為酒困、何有於我哉。子罕篇十六

 

孔夫子はいわれた、外に出ては朝廷にて君主に忠であり、内においては家で父兄に孝を尽くす。葬儀の場では礼節に則り弔慰を表し、酒席にて呑み過ぎることはない。私が行っていることは、このくらいのことだ。

 

「孔夫子は奇跡は起こさない、偉大なる中庸の人だ。如何なる時と場合、場所においても中庸たるとは、人、そのものの仁が礼と義、智と一つにならねばならない。仁とは道であり、道を楽しむとは学問の道においては究極にある。しかし、そのお姿はこの句にあるように、日常生活の普通にある」

 

#論語

 

○水曜日の朝、一休み

 

儒家の力量(積み重ねた学問)を知りたければ、仁とは何かを問えばよい」

 

儒家こそ仁徳屋の本領であるが、肝心の仁を述べることが実は難しい」

 

「禅問答や落語のネタのようであるが、自らを省みても思う、仁とは究極でもあり初心でもある、その人の学問そのままだ」

 

#三行詩

 

「私の仁を述べる、仁とは自らの内に広げるものだ」

 

「仁を究極的、宗教的に捉えると孔夫子の教えから外れる、日常生活での思いやり、その実践こそ仁であるべきだ」

 

「自らを誠にし、人を思いやる(忠恕)ことが儒学の目的ではない、仁とは広げる、周囲に及ぼすものだ。民を苦しみから救い、世界を天下泰平にする為の手段でなければならない」

 

#三行詩

 

○水曜日の午前、二休み

 

「幕末・明治の漢学者である根本通明先生ともなると、仁を述べるにも簡潔、要領を得られている、曰く、仁とは道なり」

 

「しかし、この言葉は、生半可な気持で向き合ってはならない」

 

「命懸けで学問に取り組んだ時代の人だ、先生の積み重ねた凄まじき学問、故に、仁は道であると述べれる。仁は人を現すとはそういうことだ」

 

#三行詩

 

○水曜日の夕方、通勤

 

子在川上曰、逝者如斯夫、不舎昼夜。子罕篇十七

 

川の流れを前にして孔夫子はいわれた、あらゆる事象はこの川のように過ぎ去ってしまった。そしてこの流れは昼に夜に止むことはないのだ。

 

論語の中でも『川上の歎』として特に有名な句。過ぎ去っていく川面に浮かぶ残像は、先に亡くなった顔回子路、伯牛、子の孔鯉たちが表れたのだろうか、或いは十三年間に渡り諸国を外遊した様々な出来事であろうか、自らの老い先の短さも自覚されている、故に孔夫子は人の世の無常を述べられたのだ」

 

#論語

 

○水曜日の夜、自宅

 

「兵器のステルス化+無人(AI)+低コスト=戦争の方法が変わる、平等化の四騎士の時代へ」

 

「犠牲者か、犠牲者しか生まれない敗者ばかりの平等化された世界に」

 

「いっそAIに任せたら=ターミネーターリスク有り、結局は人は地球の破壊者なのだろうか」

 

#平等化の四騎士(戦争・革命・崩壊・疫病 )

#三行詩

 

○木曜日の朝、通勤

 

子曰、吾未見好徳如好色者也。子罕篇十八

 

孔夫子はいわれた、人が美しい女性を好むように学問を好む者を私は未だに見たことがない。

 

「学問の道とは、人の三大欲求を越えて学び修めることだ(そうらしい)」

 

#論語

 

○木曜日の朝、乗り換え

 

「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲作品102が脳裏に流れている」

 

「どうも疲れているようだ、疲れるとブラームスを聴きたくなる」

 

ブラームスは良い、儒学に例えれば孟子だ、じっくり聴けば聴くほどに心に染みる」

 

#三行詩

 

○木曜日の夕方、通勤

 

子曰、譬如為山、未成一簣、止吾止也、子罕篇十九

 

孔夫子はいわれた、仮に山を造るとしよう、どうであれ天頂に最後の土を盛ることが出来ないのであれば、その山は完成はしないのだ。そしてその責任は、最後の土を盛ることが出来ない自らにある。

 

「山(学問)を造る(積み重ねる)に、四書五経を学ぶなり、日常生活での仁の行いなり、最後まで土を盛る(実践する)からこそ学問の積み重ねとなり、自らの仁を広げることになる。学問の道の成否とは、他人の行いや事象ではなく、あくまで自らの意思と行動の範囲内にある」

 

#論語

 

○木曜日の夜、自宅

 

「何ごとも因果律、原因と結果、運命とは必然だ」

 

「物ごととは、斯くあるべくして在るべき存在に帰結する、悲しみ、苦痛、後悔、絶望、虚無を伴いながらだ」

 

「故に『歓喜の主題』は歌う、怒りよ、全てを消し去れと」

 

#三行詩 #ベートーヴェン交響曲九番

 

「全身の皮膚に派生する耐え難き痒みの発作」

 

「十本の指で、十本の爪で、皮膚を繰り返し繰り返し掻き壊す、皮膚はなくなり肉を削る、血と浸出液にまみれても痒みは止まらない、これがアトピー性皮膚炎の現実だ」

 

「故に『歓喜の主題』を歌う、怒りよ、全て消し去れと」

 

#三行詩 #アトピー性皮膚炎

 

「根本に何が残る、少なくとも怒りと復讐は込みだろう」

 

「学問の道を歩もう、中庸に則り、来たるべき時に洋洋乎として笑みを浮かべて遺恨を晴らすのだ」

 

「故に『歓喜の主題』よと歌う、怒りよ、全て消し去れと」

 

#三行詩 

 

○金曜日の午前、自宅

 

譬如平地、雖覆一簣、進吾往也。子罕篇十九

 

(孔夫子はいわれた)仮に土地を平らにするとしよう、大きさはどうであれ、石塊を一つ取り除くことが出来たのであれば、その土地は平らに近づいたのだ。そしてその成果は自らにある。

 

「日常生活の中で一つ学問を重ねる、この一つを継続することが学問の道だ」

 

#論語

f:id:aristotles200:20240223162858j:image

 

○金曜日の午後、マクド

 

「不安定な時代、故に若い頃から老後を考える、堅実かな」

 

「不思議だ、私は老後を考えていない、何故なら死ぬまで現役のままだからだ、これからも学問の道を歩み続けるからだ」

 

「学問を学ぶ限り老後はこないと思っている、動けなくなったら多分、天国か地獄に居るのではないか、老後はなくていい」

 

#三行詩

 

○金曜日の夜、自宅

 

「気づきとは、得ようとして得れるものではなく、得るべく条件下にて起動する」

 

「しかし、真は、学び続ける限り気づきは不要である」

 

「何故なら、仁とは全てであり、どのような時、場所、場合でも、彼(彼女)が学問を学び求め続けている限り、仁であり続けるからだ」

 

#三行詩

 

「気づきを求めている事象、自体が学問に対しての不遜、仁、以外のもの、私利私欲を望んでいる自らが居る」

 

「目的と目標、方法と手段を逆転させられるとは私利私欲の巧妙な罠だ」

 

「根本に何があるのか、仁とは父母からの慈愛からぶれてはいけない。学問そのものが汚染される。自らではなく他者の思いやり不足を責める仁、傲慢不遜な一方向の正義を語る義、歪んだ学問は人にとって甘美、且つ危険であり、真の仁を駆逐すらするものだ」

 

#三行詩

 

○土曜日の午後、ウオーキング

 

子曰、語之而不惰者、其回也与。子罕篇二十

 

孔夫子はいわれた、多くの弟子に教育を施してきたが、学んだことを自ら考え、省み、改め、ずっと続けることが出来たのは、、、ああ、顔回のみであるな。

 

「師が述べることを聴くのは出来る、しかし教わったことを自らに約する人は少なく、約した教えを実践(礼)する人はさらに少ない。さらに結果を省みて改める人とは相当の人であり、ここから顔回は、これらを繰り返す、維持、継続出来る。三千人といわれた孔夫子の弟子でも無二の天才だったのだ」

 

#論語

f:id:aristotles200:20240224153208j:image

 

○土曜日の夜、自宅

 

孟子素読は毎日の日課だが、加えて、古事記を少しづつ素読している」

 

「よくわからないが、いち日本人の血脈か、奇妙に魅かれるものがある」

 

「敢えて現代語訳、意味の執着を捨てて韻のままに素読している、言葉が心、心が言葉になる感覚に、正直、戸惑っている」

 

#三行詩

f:id:aristotles200:20240224222110j:image

 

所感)

■学問の道ー「孝経に関しての私見

f:id:aristotles200:20240224172646j:image

孝経、天子章第二に、こうある、

『子曰く、親を愛する者は、敢て人を悪まず、親を敬する者は、敢て人を慢らず』

孝とは仁徳の根本であることが、よく理解る。

 

仁徳を説いた孔夫子の教えに、人として新たなステージや世の中を変える革新性を誘う箇所はない。

人であれば皆備わる、父母から与えらた慈愛を根本に、父母を敬うことを、周囲へ広げることを終生述べられた。

 

父母を敬するには礼節がなければならぬ。

父母に恥じぬ人間、足らんとすれば自らの悪を憎まねばならぬ。

思いやりと礼節、正しき義を得て、物ごとの在るべき姿を知る。

そして、最後は自らを誠に、人への思いやり、忠恕を周囲へ広げることとなる。

これら全ては、根本に父母からの慈愛があり、仁、礼、義、智へと広げる、即ち学問の道だ。

孝経を学ぶとは、自らのルーツを振り返ることであるし、自らの徳を学問で広げることだ。

 

孝経は他の経書四書五経に比べれば内容がシンプルで、理解し易く、儒学の根本を述べている。素読にも向いている思う。

 

古事記に関して

以前にこのブログでも書いた。

岩波文庫ホメロスの『イーリアス』、『オデュッセイア』は魅力に満ちあふれ、確かに面白い本だ。

岩波文庫の現代語訳も原作と同じく詩であり、素読して読む、読めば読むほど目の前の荒荒しき戦場で戦う英雄たち、神々の姿が浮かび上がる。

しかし、根本のところで違うのだ。

日本人では、理解出来ない異文化、民族の壁にぶち当たり、登場人物の顔が薄ぼんやりとしか見えない。

 

ところが、『古事記』の素読は違う。

日本人という民族の血のなせる御業か、遠いご先祖からの連なりが為せることか、言葉が心に伝わり、心が言葉になる感覚が、理解出来る。

古事記素読は、現代語訳に拘らない方が理解しやすい。

繰り返し、原文からの口語訳を素読していると、一身に、心に、この地で生まれることが出来た感謝と、自らの根本がここにあることの共感、感動が生まれてくる。

不思議だ。

三行詩 第百二十六章(子罕第九②)

f:id:aristotles200:20240217165155j:image

○日曜日の朝、2月11日、森

 

大宰問於子貢曰、夫子聖者与、何其多能也、子貢曰、固天縦之将聖、又多能也、子罕六

 

呉の大宰である嚭、子貢に問う、孔夫子は聖人であられるも、どうして諸事多能であられるのか。子貢はいう、孔夫子は天より許しを得た、真の聖人であられます。その上に天より多能も授けられたのです。

 

「高弟の子貢であれば、当然ながら孔夫子の出自も存じているし、聖人は多能ではない先王の教えも知っている。故にこのように、多能も天からの命であると嚭にお答えしたのだ。孔門きっての秀才、子貢らしい返答だし、子貢が如何に孔夫子を尊敬しているのかも伝わってくる」

 

#論語

○日曜日の朝、自宅

 

「ここ半年、アトピーの浸出液止まらず毎朝夕、包帯を巻き続けている」

 

「手首は最初を固定せねば回転し悪化する、薄く巻かねばジュクジュクが乾かない」

 

「脚は巻くよりも縦に貼り紙テープで抑える方法がよい、PDCAを繰り返すのは仕事と変わらない」

 

#アトピー性皮膚炎 #三行詩

 

「問題はメンタル維持だ、浸出液からの悪臭や、不定期の痒み発作はアトピー歴30年でも堪える」

 

「身体は動かさねばならぬ、しかし動かすと浸出液は止まらぬ、ジレンマか」

 

「やがて始まる仕事日に向けて、少しでも肌を回復=身体を動かさない、せめてSNSでボヤくくらいが目一杯とは情けない」

 

#三行詩

 

○日曜日の夕方、ウオーキング

 

シューベルト、魔王を聴きながら、そろりとそろりと歩いている」

 

「傷口が開かないように、痛みを堪えつつ、花粉で涙目になりながら」

 

「Siehst, Vater, du den Erlkönig nicht?、まさに、こういう気分だ」

 

#三行詩

 

○月曜日の午後、散髪屋さん

 

子聞之曰、大宰知我者乎、吾少也賤、故多能鄙事、君子多乎哉、不多也。子罕篇六

 

大宰である嚭と子貢との話しを聞いた孔夫子はいわれた、大宰は私を知る人であるな。私は低い身分から志を得て今がある。故に、諸事において多能なのだ。君子が多能であるべきか、いや、多能である必要はないものだ。

 

「孔夫子は王族や貴族の出ではない。年若くして父親に先立たれ、若い頃には倉庫番や牧畜で生計を立てておられた。君子とは多能である必要はない、との言葉は苦労人である孔夫子にとって、自らの生まれを振り返るとても重い言葉であることが伝わってくる」

 

#論語

 

○月曜日の夕方、ウオーキング

 

「子の髪が鳥の巣に、散髪屋へ連れていき、のち松屋で昼飯、子はチー牛大好き」

 

「帰りにユニクロへ、子の服を買う、無地黒ばかりは親の影響かも」

 

「のち子は家へ、太るばかりの父は森へ、ここ三日安静にしたお陰か皮膚回復する」

 

#三行詩

f:id:aristotles200:20240217165415j:image

 

○火曜日の朝、通勤

 

牢曰、子云吾不試、故芸。子罕篇七

 

子張はいう、孔夫子はかつていわれたことがある、私は若い頃には官職に就くことが出来なかった。故に多能多芸なのだよ。

 

「孔夫子の弟子たちの、ほとんどの者は低い身分のものだ。孔夫子は生計を得る為に多能多芸となられたが、弟子たちには学問の道を歩み、自らの徳を広げて仕官する道を開いた。いつの時代でもパイオニアとは大変な苦労を重ねるものだと改めて思う」

 

#論語

 

○火曜日の朝、乗り換え

 

「日中は暖かいとアウターを一枚減らすも朝は寒い、結果、駅トイレに駆け込んだ」

 

「見知らぬ人と一斉に歩く梅田の歩道橋、旅行者の笑い声が妙に癇に障る連休明け」

 

「車内にて睡魔に膝カックンで意識戻る、慌てて案内表示装置を見るもハングル語で焦る」

 

#三行詩

 

○火曜日の午前、一休み

 

無宗教の人は信仰はない、本当にそうなのだろうか」

 

「信じ仰む対象とは宗教だけではない、例えば自然現象に人は人の限界を覚え、畏憚、敬憚、畏敬するのは当たり前のことだ」

 

無宗教者はロボットではない、雷鳴が轟けば不安に駆られ空を仰ぐ、心は人だ」

 

#三行詩

 

「そもそも、無宗教の人たちという括りで、儒学は理解出来ないとすることに疑問を感じる」

 

「人であれば、人の心があれば、孔夫子の教えは、学び修め続ければ身につく」

 

「仮に、出来ないとするならば、獣や畜生の類、或いは私利私欲の傲慢不遜な権力者、または驕慢独智の人ではないか」

 

#三行詩

 

「敬うという気持ちの根本には父母からの慈しみ、兄弟への孝悌がある」

 

「おそらくは、この仁徳の人の世界から、それらを包みこむ、存在する全てを包みこむ、世界観、汎神論的な意味合いで全てを『敬う』思いの大切さ、ということを述べられたかったのだと思う」

 

「であれば十分に理解出来る。思想、哲学はおろか、芸術、音楽、絵画、等々、、汎神論的な世界観、それを追い求める感覚とは、私たち火宅の人の求める究極の姿かも知れない」

 

#三行詩

 

○火曜日の午後、二休み

 

「何故、無宗教の人に対するネガティヴな言葉に反応してしまうのか」

 

「亡父が無宗教であったこともあるし、自らに信仰がないこともある」

 

「聖書を繰り返し読み、教会に行き牧師様に繰り返し質問したこともある」

 

#三行詩

 

歎異抄は大好きだ、かつて毎日、原文を素読し、前半分は暗唱出来るくらいに今でも大好きだ」

 

「しかし、信仰はない、得ようとして得れるものではないのかも知れない」

 

「今は、一遍上人全集と柳宗悦著『南無阿弥陀仏』で留まっている、ここが居場所かも知れない(以前、信仰はないが)。一遍上人があるお坊さんに念仏札を配ろうとし、お坊さんは信仰がない自分は受け取らないという、一遍上人はそれでも念仏札をお坊さんに配る。 何故か、全知全能の南無阿弥陀仏が自らのご意思で人を救うのだ、人が自らの行いで救われるわけではない。私は無宗教、無信仰の人間ではあるが、この話しが妙に肚に収まる。少なくとも他人の宗教の有無を気にするよりは、独り、南無阿弥陀仏と唱えるほうが好きだ」

 

#三行詩

 

○火曜日の夕方、通勤

 

子曰、吾有知乎哉、無知也、有鄙夫、来問於我、空空如也、我叩其両端而竭焉。子罕篇八

 

孔夫子はいわれた、私のことを世の人は博学で何でも知っていると聞き及ぶが、そのようなことはない。田舎の人がわざわざ私の家の門を叩き、何かを問うとする。私はその質問の意図すること、背景、知りたいこと、等々を端から端まで確認し、最後に最適解を述べているに過ぎない。

 

「人に全知は不可能な領域だ。しかし物ごとの中庸、最適解は導き出すことは出来る。当然ながら中庸に至るには相当の学問が必要だ。ある意味、世の人の言葉は間違ってはいない。孔夫子とは学問の人であり、あり続ける人だ。博学で何でも知っているとは、忠恕(仁)を以て正しい判断(義)を行う人のことだ」

 

#論語

 

○火曜日の夜、自宅

 

「根本通明先生『論語講義』雍也第六、二百十四項にある」

 

『親たる者は長い間、子の為に心配をして、子たる者の為に心を盡くす。其の愛する所の心が死ぬまで衰えない。これを慈と伝ふ』

 

「子であった自らと、親である自らが繋がるとき、慈愛を自覚する、仁とはここだ」

 

#三行詩

 

○水曜日の朝、通勤

 

子曰、鳳鳥不至、河不出図、吾已矣夫。子罕篇九

 

孔夫子はいわれた、終に、聖天子が世に現れる瑞兆であるとされる鳳凰は現れず、黄河に河図(竜馬の背に描かれた図。八卦の元とされる)も現れなかった。私とて、どうしようもない。

 

「苦しむ民を救い世の中を天下泰平にするべく、君子たる君主を待ち望むも、国を外遊すれども私利私欲の君主ばかりであり、終に夫子も晩年を迎えてしまった。孔夫子をして『吾已矣夫(吾已んぬるかな)』どうしようもない、と述べられた、私心なき救世ままならぬ嘆きが伝わってくる」

 

#論語

 

○水曜日の午後、一休み

 

「自らの学問を誇る、学んだ知識で美文、名文を書く、学問の道はそこではない」

 

「大学の三綱領にある。明徳を明らかにする。 民に親しむにあり。至善に止まるに在り」

 

「自戒せねばならない、傲慢不遜とは、権力者だけではない、独学の世界にもある」

 

#三行詩 #自戒

 

○水曜日の夕方、通勤

 

子見斉衰者冕衣裳者与瞽者、見之雖少必作、過之必趨。子罕篇十

 

孔夫子は喪服を着た人、衣冠束帯(高官や貴人)をした人、目の見えない人を見かけられたら、年齢の高い低いを問わず、必ず立って道を譲られた。そして、ご自分がその人たちの前を通る場合は、必ず足を早められた。

 

「人として当たり前のことを行うのが孔夫子の教えであり、父母から受けた慈愛を他の人に広げるとは、日常生活の当たり前の行いにあることが良くわかる。一方、昨今、親切な行いの根本に何があるか省みれず、人に思いやりを示せない、困った人を見ても無視や傍観する人が増えているのも、一つの現実だ」

 

#論語

 

○木曜日の朝、通勤

 

顔淵喟然歎曰、仰之弥高、鑽之弥堅、瞻之在前、忽焉在後、子罕篇十一

 

顔回、孔夫子と自らの学問の差を思い、歎じていう、孔夫子の仁徳とは、仰げば山脈のように高みに居られ、これを穿とうとしても金剛石の如くびくともしない。前を進まれていたので追いかけてみれば、いつの間にか後ろから見守っておられる。

 

顔回は天才で聖人だ。この人が此処まで絶賛する孔夫子とは、やはり人類史上の偉人なのだ。また、顔回の孔夫子を賛し形容した言葉も興味深い。天才・顔回ならではの視点だと思う。同じ高弟の子路や子貢でもこうは述べれまい、と思う」

 

#論語

 

○木曜日の朝、乗り換え

 

「自らを悪人と思っている人は少なかろうし、当然ながら私も属性は中か善寄りだと」

 

「最近、学問のお陰か、自らの独善に、日和見に気付く」

 

「自らが善と思うことが必ずしも人の善とはならない、それでも善は善と突き進むべし、と」

 

#三行詩

 

「中途半端な気概で学問はするものではない」

 

「関西風に述べれば、おもんない(面白くない・笑いが足らない)のを恥とすべきだ」

 

「まだまだ独善が足らない、小さな善に固まり、大きな善に寄っていない」

 

#三行詩

 

○木曜日の夕方、通勤

 

夫子循循然善誘人、博我以文、約我以礼、子罕篇十一

 

(顔回はいう)孔夫子が学問を教えられるときは、学ばなければならないこと(目的)を整理整頓し、順序を立てて(目標を刻んで)、一つ一つ導かれた。そして、経書を学ばせることにより知識を広くさせ、先王から伝わる礼儀礼式を実践させることにより規律を心身に覚えさせた。

 

「学問の眼目とは、幅広く文(経書史書)を読んで自ら学ぶことと、学んだ文を自分なりに約(整理・整頓)して(自らの課題や疑問点を明確にしてから)、師に習うことだ。文と約の意味するところは、学問の道にとって切実かつ必須でもある」

 

#論語

 

○木曜日の夜、自宅

 

「根本通明先生の『論語講義』を毎夜写経し、自らの学問が進むを理解する」

 

「次が見えだした、必然的に苦手である老子に進まねばならない、と確信する」

 

「同じく新釈漢文大系〈8〉荘子 下巻も購入する。諸橋轍次先生の『老子の講義』をベース基地に、蜂屋邦夫先生の老子福永光司先生の老子、今回の明治書院、こつこつと集めてきた老子がようやく日の目を見る時、来たれり。ただ、『孝経』の次なので、2025年夏くらいの予定、学問の時間が足らない」

 

#三行詩

新釈漢文大系〈7〉老子荘子 上巻

 

○金曜日の朝、通勤

 

欲罷不能、既竭吾才、如有所立卓爾、雖欲従之、末由也已。子罕篇十一

 

(顔回はいう)私は学問の道のあまりの厳しさに途中で力尽きようとし、才も枯れ尽きてしまった。しかしながら、依然として、遥か先に山脈のように孔夫子は聳え立たれている。夫子の歩まれた道を私も歩もうとするも、あまりの高さにどうしようもないのが現実だ。

 

「天才顔回、故に孔夫子の歩まれてきた道の凄まじさ、あまりにも高みにある夫子の学問の域を理解する出来るのだと思う。このレベルは、もはや語る言葉がない、推察すら出来ない」

 

#論語

 

○金曜日の朝、乗り換え

 

「去年の年末に購入した、明治書院史記(各巻)をぼちぼち読んでいたが、中断する」

 

「孝経を先に通読しよう、通勤中の論語の意訳と夜の根本先生の論語講義の写経は継続する」

 

「せっかくの明治書院老子荘子だ、来年まで待てない、取り敢えず通読のラインへ」

 

#三行詩

 

○金曜日の夕方、通勤

 

子疾病、子路使門人為臣、病間曰、久矣哉由之行詐也、無臣而為有臣、吾誰欺、欺天乎、子罕篇十二

 

孔夫子の病、いよいよ重くなり、子路、万が一のことを思い、せめて大夫としての葬儀を行うべく、門人たちを臣下として準備させた。のち、病、持ち直した時にこのことを知り、孔夫子は子路にいわれた、由(子路)よ、汝の取り繕うのを見るは久方ぶりであるな。私は隠棲して今は家臣を持つ身ではない、誰を欺いて大夫としての葬儀を望もうか、ましてや、天を欺くことなど、私が望むわけがあるまい。

 

子路らしい。門人たちも孔夫子なら、そのようなことを望まれぬと知りながらも、塾頭格の子路の命じるままに準備をしていたのだ。門下生の暗然たる気持ちと、不世出の偉大なる師を、せめて大夫の格礼でお見送りしたいという思いが伝わってくる。孔夫子も弟子たちの思いを十分に理解されている」

 

#論語

 

○金曜日の夜、自宅

 

「世界を一つの国とし、仁徳を以て民を主として、民の幸せを一とする君子を上にいだく政を行う」

 

「ここが儒学の限界かも知れない」

 

「一に君子の育成条件に問題を思う、二に民の幸せの定義があやふやである、三にこれが仁とは限らない」

 

#三行詩

 

「孔夫子の教えに限界はない、何故か、夫子の教えとは普遍であり人の未来を述べている」

 

儒家儒家で良い、ただ、変わらないこと、変えなければならないこともある」 

 

吉田松陰先生はいわれた、孟子に阿るなと、現代に則した孟子の教えがあり、現代で全うすべき孔夫子の教えがある」

 

#三行詩

 

儒学を学ぶのは足らずに過ぎる、私利私欲、独善の自らを改め善き人になる為だ」

 

「しかし、学問の道を学び思う、この国と人の問題の原因と結果とは個ではない」

 

「私が、今、そうであるべき私であるのは国家の教育にあり、自らが望んだ私とは、学問の道にある」

 

#三行詩

 

「何故、儒学を学ぶと生まれてから擦り込まれた、こうであるべきと矯正された現実から解放されるのか」

 

論語孟子とは人としての至善、人の本来の姿たる中庸が述べられているからだ」

 

儒学を学ぶとは、今、此処の本当の現実、真実に気付く方法だ、本来の人の性とは、忠恕であり、礼節と義にある」

 

#三行詩

 

「人とは、ままならぬ自らの私利私欲により自ら悲しみ、自ら苦しむ生き物であるが、一つを抱けば変わることが出来る」

 

「私心を私欲を、思いやりへ」

 

「自らの心を誠にし人への思いやりを抱く、自ら規範(礼)を示し、自らの悪を憎み、周りにこれらを及ぼす、人は善に至れる」

 

#三行詩

 

○土曜日の夜、自宅

 

明治書院荘子(下)来たれり、ほぼ新書状態、ラッキーだ」

 

荘子は、よく乾いた干し草の匂いがする、岩波文庫版は繰り返し読む」

 

「ただ儒学対比での一部表現は気にはかかる、が、荘子は好きだ、性に合う」

 

#三行詩

f:id:aristotles200:20240217231703j:image

 

○日曜日の夜、自宅

 

「AIを活用したイノベーションとは素晴らしい可能性、未来を感じる、世界は変わる」

 

「しかし、過去の技術革新と同様に兵器活用が世界中で最重要課題となっている現実もある」

 

「衛星とリンクする最新型の自動運転付きの車や位置情報を発信する腕時計等を仕事で使うのであれば、勿論受け入れる、しかし、プライベートであれば正直、機械式の車や腕時計の匂いや面倒くささの方が私は好きだな」

 

#三行詩

 

所感)

■学問の道ー「偽善のすすめ」

1、傍観や無視が、奇妙なことに社会の暗黙のルールと化した今日この頃。

偽善や独善ですら消え去り、無関係、無関心であることが社会の常識、良識になりつつある。

 

礼は、無意味な動作と定例句の往復と化した。

義は、他人の悪を集団で憎むことと化した。

 

文字通り、世界はあちこちの動物園となりつつある。これなら、偽善、独善の世界の方が、まだましではないか。

偽善でも善は少しは残る、独善でも(少なくとも)善という意識はある。

 

人の性は善だ。工場で赤ちゃんが生産され、管理、出荷されない限りは望みはある。

父母から子に与える慈愛は普遍、不朽だ。

善とは、ここから始まる。

 

・偽善も、全てを善で通せば善となる。善を受けた者は善となる、及ぼされる。

・独善も、小さな善、周りを省みない善ではなく、大きな大きな善を描けばよい。

 

世界を大きく包む善(仁徳)は孔夫子であるが、少なくとも家族を包みこむことから、善は始まる。

現代で道徳が失われつつある原因は、家族の中身にある。家族の内でも個人主義が横行し、父母を、子を、お互い思いやれないまま社会に出てしまう。

 

2、思いやりとは、及ぼす、及ぼされるものだ。

昨今の凄惨な事件を例に取ると、極端過ぎるきらいはあるが、一つの真実ではある。

今、家庭では、偽善や、独善ですら消えつつある。無関心、無関係、傍観、無視、これらの発生源は家庭からだ。

昔であれば、毒親とは偽善、独善の固まりのような人であったが、今やそれすら失せ、無関係、無関心の集まり(家族)から、挙げ句に殺人事件までいく。

 

なら?、嘘でも良い、家庭内でも失われた偽善、独善を復活することだ。

きっかけは、偽善を大きく広げる、独善を爆発させればよい、小ぢんまりするからよくない。

叱る、怒る、怒鳴り合う。

そこから感情と感情がぶつかる、毎日ぶつかり合うことが、いつかお互いの理解へと繋がる。

親子関係とはドロドロでいい。そこから互いが学ぶ、成長するものだ。

少なくとも、無関心、無関係、傍観、無視はなくなる。

 

・十全偽善でも、善を貫けば、いつかは本当の善となる。善を受けた者にとって善であればよい。

・独善✕独善✕…、独善も小さな善を大きく、正しい方向へ広げていけば本当の善となる。

と、私は思う。

三行詩 第百二十五章(子罕第九②)

f:id:aristotles200:20240210160256j:image

○月曜日の朝、2月5日、通勤

 

孔子曰、才難、不其然乎、唐虞之際、於斯為盛、有婦人焉、九人而已、三分天下有其二、以服事殷、周之徳、其可謂至徳也已矣。泰伯篇二十

 

孔夫子はいわれた、国の政に才ある人を得るのが困難というが、果たしてそうだろうか。堯帝、舜帝が天下を治めていた時が終わっても、周王朝では尚、勢いが盛んであった。武王のいう十人の重臣がいて、一人は夫人。武王の父である文王の頃に、西伯となり天下の三分の二を領有していたのだ。そして、残りの三分一を統治する殷王朝に、周は臣従していたのだ。周王朝の徳とは、真に最高のものであるといえるな。

 

儒学とは、歴史の積み重ねでもある。現代の私たちにとっても、孔夫子や孟子が生きた中国の春秋・戦国時代から、自国の近現代史まで、あらゆる国の歴史を繰り返し学ぶことは重要な学問の道であると思う」

 

#論語

 

○月曜日の朝、乗り換え

 

「車内やホームで嫌な咳をする人が増えた、風邪が流行っているらしい」

 

「土曜日の夜、呑み会のちで風邪をひく、日曜は終日寝るもいまいちか」

 

「今更ながら月曜日の朝なんだと呟く、通勤風景とはこの世が終わるまで変わらないに違いない、無個性と誰でもない時間」

 

#三行詩

f:id:aristotles200:20240210160557j:image

 

○月曜日の夕方、通勤

 

子曰、禹吾無間然矣、菲飲食而政孝乎鬼神、悪衣服而致美乎黻冕、卑宮室而尽力乎溝洫、禹吾無間然矣。泰伯篇二十一

 

孔夫子はいわれた、禹帝とは十全十美、素晴らしい君主であった。自らの飲食を少なくし、鬼神に供え物をする。自らの衣服を簡素にして、祭祀に用いる衣服を整える。自らの住居を質素にして、政に全力を尽くし全国の治水工事を完成させた。禹帝とは十全十美、素晴らしい君主であったのだ。

 

「堯帝に父である鯀が仕え、自身は舜帝に仕えた。あの舜帝が上司だ、且つ、上司に認められ帝位をも譲られた逸材、故に人として十全十美と表現した。のち治水の神として信仰の対象となる。孫悟空の如意棒は、兎が江海の深さを測る為に用いた重りだという」

 

#論語

 

○月曜日の夜、自宅

 

「公冶長篇二十六『顔淵曰、願無伐善、無施労』に引っかかっている、顔回の主客が見えない』

 

「根本通明先生の論語講義を写経中に止まる」

 

「根本通明先生の論語講義で顔回はいう『願くは人の善を伐り損なふことのないようにしたいものである』と」

 

#三行詩

 

顔回は、何処を目指したのだろうか、(一方、前の子路の言葉は理解りやすい)」

 

「あくまで顔回一個人のことなのか、世界を『人に善あれば我に善あるが如くしたい』と述べたのか」

 

「世界中の人が『労を施すこと無からん』とは、まさに先王の教えそのものだ、聖人の言と等しい」

 

#三行詩

 

儒学とは自ら仁徳を広げ、周囲へ及ぼすものだ」

 

顔回は貧民街でも最底辺に住む人、この人が、自らの徳を広げ、世界の苦しむ民を救う、思いを持つ」

 

「仮に顔回個人のこととしても、結論は変わらない、仁者とは思いを周囲へ及ぼす、広げる」

 

#三行詩

 

儒家とはリアリスト・現実主義者でもある、夢みる夢夫くんではない」

 

顔回という人に、正直、背筋が寒くなる、次元が違い過ぎる」

 

「古代、中国の貧民街で早世した天才は、忠恕で世界を救おうとしたのだ、やはり彼は聖人なのだ」

 

#三行詩

 

「故に、現代の儒家、学問の道を歩む者は、子路を目指すべきだ」

 

顔回は、天才で聖人だ、もはや人の域から出ている」

 

「とはいっても、結局は孔夫子の大きな仁で皆、包まれてしまう、安心してしまう。論語とは面白い、学んでも学んでも先が見えない」

 

#三行詩

 

○火曜日の朝、通勤

 

子罕言利、与命与仁。子罕篇一

 

孔夫子は、人の利になることを述べられることは少なく、稀に述べられる場合でも、天命や仁徳と重ねて述べられた。

 

「子、罕に利を言う。命と与もにし仁と与もにす。と読んだのは荻生徂徠先生だ。根本通明先生がどう読んだのかは、のちの写経で学ぶ予定。論語内で仁に関しては、孔夫子はそこそこ発言されており、この場合は荻生徂徠先生の読み方が論理的に正しく思う」

 

#論語

 

○火曜日の夕方、通勤

 

達巷党人曰、大哉孔子、博学而無所成名、子罕篇二

 

達巷の村人はいう、孔夫子とはなんと偉大な人だろう。一つのことで有名なのではなく、博学であらゆることに精通されておられるのだ。

 

「為政第二に『子曰、君子不器』(孔夫子はいわれた、君子とは器ではない)とある。あらゆることに精通された孔夫子は、懐に無数の器がありながらも、そこに固執することなく君子であられた。学問の道も同じく、器ではいけない。学び続ける、自らの徳を広げる、忠恕の実践、故に道なのだ」

 

#論語

 

○水曜日の朝、通勤

 

子聞之、謂門弟子曰、吾何執、執御乎、執射乎、吾執御乎。子罕篇二

 

これ(達巷の村人のこと)を聞いた孔夫子、弟子たちにいわれた、私は何(器)で有名になろうかな、馬に乗るか、弓を引こうか、うむ、馬にしよう。

 

「孔夫子の开万哨(冗談)、達巷の村人が一つのことではなく、あらゆることに精通されていると夫子を褒めたことに対して、じゃあ、一つのことでも有名になろうかな、と弟子たちに冗談をいわれた」

 

#論語

 

○水曜日の朝、車内

 

「ずっと咳き込む人あり、身体が大きなせいか音量が凄まじく、みんな見ている」

 

「ホームで並ぶ、何故か前2m開けて並ぶ人あり後ろに行列も詰めない詰めれない、背中から鬼のオーラが出ている」

 

「観光客か、この寒さにミニスカートと笑顔、空間を歪ませているのかも」

 

#三行詩

 

○水曜日の夕方、通勤

 

子曰、麻冕礼也、今也純倹、吾従衆、子罕篇三

 

孔夫子はいわれた、周王朝から伝わる礼式によれば、冠は麻を用いたものが正式であるが、作成するのに工程が多く手間がかかる為、最近では絹を用いた簡素化した冠が多い。倹約の為であれば私も絹の冠を用いるとしよう。

 

「主客が何処にあるかによる。冠は冠であれば古来からの礼節から外れない。ならば現実的な選択をすればよい。何から何でも周王朝から伝わるまま、といった固執は孔夫子にはない。主(目的)が何であるか、物ごとの本質からぶれない選択、シンプルで合理主義的な孔夫子の側面を垣間見ることが出来る」

 

#論語

 

○水曜日の夜、自宅

 

「アマプラV、続・荒野のガンマンを観ている、初見なれど、とても面白い」

 

「イーライ・ウオラックの演技が素晴らしい、しかし、何処かで観た顔な気がする」

 

ググると、ゴッドファーザーⅢの、あのドン・アルトベッロだ、いい役者だなと思う」

 

#三行詩

 

○水曜日の夜、自宅、

 

「子曰、十室之邑、必有忠信如丘者焉、不如丘之好学也。公冶長篇二十八とあるも、根本通明先生は、最後を『焉不如丘之好学也』と読まれた」

 

「すると、丘(孔夫子)ほど学問を好む者は世の中にはいない、との一般的な現代語訳が覆る」

 

「根本通明先生の論語講義はこうある『丘に及ぶ者が、丘に及んで丘に劣らぬ者が、必ずあるに相違いない』、これこそ孔夫子のお言葉だと心から思う。根本通明先生の解釈される孔夫子は、とても優しく、暖かい」

 

#三行詩

 

○木曜日の朝、通勤

 

拝下礼也、今拝乎上泰也、雖違衆、吾従下。子罕篇三

 

一方で、朝廷で君主に拝するに、堂下で拝するのが周王朝から伝わる礼式であるが、昨今、堂上で拝する人が多い。これは礼に反することであるし臣下の増長だ。故に、私は堂下で拝礼を行うのだよ。

 

「礼とは、その意味する尊ぶことを尊んでこその礼だ。手間や面倒だから、古式だから無くして良いものではない。尊ぶ心が作法となり、心と動作が一つとなる。心身ともに美しく、人の規律・規範たるに相応しい樣でなければならない」

 

#論語

 

○木曜日の夕方、通勤

 

子絶四、毋意、毋必、毋固、毋我。子罕篇四

 

孔夫子は四つのことを絶たれた。即ち、思いを邪にする、物ごとに必然を求める、凝り拘りを離さない、考えが自己中心に偏る。

 

「孔夫子は儒学の聖人だ。その上で、この句の『四絶』を強調し過ぎてブッダのような宗教的解釈をする識者がいるが、私は違和感を覚える。孔夫子は偉大なる中庸の人であり、四絶の対極の行いですら、過ぎるとまた四絶に戻ることをご存知でおられた。日常生活、ありのままの聖人が孔夫子の姿ではないか」

 

#論語

 

○金曜日の朝、通勤

 

子畏於匡、曰、文王既没、文不在茲乎、子罕篇五

 

匡の地で、陽虎に恨みを持つ村人たちに(孔夫子の容姿を陽虎と)間違わられて一行が捕われた時、孔夫子はいわれた、文王(周の武王の父)が亡くなられたのち、文王の遺徳を伝える者は私なのだ。

 

「陽貨篇第十七に登場する、あの陽虎と孔夫子は容貌が似ておられたらしい。陽虎は魯の国の昭公から実権を奪った三桓氏の一人である季孫斯に仕えた。のち三桓氏の当主たちに反乱を企て篭城戦を繰り広げるも、三桓氏連合軍に敗れて魯の隣国である斉に追放された。のち、宋・晋を転々としたとのこと」

 

#論語

 

○金曜日の夕方、通勤

 

天之将喪斯文也、後死者不得与於斯文也、天之未喪斯文也、匡人其如予何。子罕篇五

 

今、天が文王の遺徳(を引き継いだ孔夫子)を滅ぼしてしまうのであれば、のちの世に、文王の遺徳は伝わらず失われてしまうのだ。天が文王の遺徳を失わせるようなことをするはずがない。故に匡の人が私に何が出来ようか。

 

「孔夫子は、自らの存在価値を心得ておられた。先王の教えを後世に伝える、人類史上の自らの立ち位置(儒学創始者儒学の教育者)を天命として自覚されていたのだ」

 

#論語

 

○金曜日の夜、自宅

 

「ようやく三連休、今晩も根本通明先生の『論議講義』を写経しつつ雍也第六に進む」

 

「一文字、一文字、根本先生の意に近づきたく、慎みつつ、省みつつ、腹を据える」

 

「学問の道、意は無限にあるも真は一つ、腹に納めるか否か、唯、自らを磨き続けるのみ」

 

#三行詩

f:id:aristotles200:20240210162503j:image

 

所感)

■土曜日の夕方、自宅

アトピー、悪し。

あちこちに巻いた包帯から浸出液が滲み出ている。

終日、伏せるも、

昼、松屋でシュクメルリ定食を食べる、美味し。

 

三連休、田舎にも帰省出来ず。

独り住む母の顔も、また見れず。

田舎のNから体調を気遣う長文のメールあり。

やれやれ、こういう時らしい。

 

いつも人生万事塞翁が馬と唱える、只、唱える。

病気も自分の一部だ、憎むより寄り添うこと。

 

■学問の道ー「儒学と宗教」

儒学と宗教は、確かに密接な関係性はある。

天命思想、先祖崇拝、祭祀、礼式から、日常生活においても旧正月、お盆、端午の節句、位牌、百ヶ日、一周忌、三周忌等々…根本に宗教(儒教)があるのは万人が認めることだ。

 

しかし、ここで無宗教の人間が学問の道を歩んでも儒学の根本を理解出来ない、表面上の似非君子に終わる、ということを述べた人がいる。

捻くれたいい方をすれば、無宗教も一つの宗教であり、父母からの慈愛、兄弟への孝悌、祖父母ご先祖様への感謝と供養は、宗教の有無で有る無い、とはならない。

 

儒学の根本とは孝であり、忠恕にある。

特定の宗教に入信せねば自らを誠に、人に真の思いやりは持てない、実践出来ないのであれば、孔夫子の教えは多くの人々の本棚の中に並ぶ一冊で終わる。

仁徳とは、宗教も無宗教も、全てを包み込むものだ。

 

極論、論語とは宗教性こそが本質である、ならそれでも良いと思う。

私は浅学非才であるし、度々間違いをする人間だ(故に、独り学び省みて改めている)。

大家である加地伸行先生は、論語の宗教性に着目されている。

学問の道とは自由だし、私のような素人が何を言えようか。

だが、現代の無宗教儒学を学ぶ者に、お前たちでは真の教えは理解出来ない、似非君子め、と述べる人こそどうなのであろうか。

少なくとも孔夫子の教えを学ぶ人の言葉ではない。

 

今年は1月より根本通明先生の論語講義を写経している。

仕事の疲れ、体調の良い悪いで左右され、遅々として進まないが、気付くことある。

根本通明先生の孔夫子は、とても暖かい、心がポカポカしてくる。

孔夫子の大きな仁、世界を包み込む仁を、論語という孔夫子の言行を集めた断片集から、見事に講義されている。

 

お顔は厳しく(怖い)、文武の達人であられた根本先生であるが、論語講義の中の言葉は一つ一つに心がこもり、私たち読者に向かって孔夫子の正しい姿を優しく、易しく述べられている。

根本通明先生との出会いは、私の今後の学問の道に於いて指針となるものだ。

 

孟子を通じて論語を学び、ポカポカと暖かな仁を感じたのは三年前、学問の道に入門したときのこと。

色々あるも、今日も独り学問の道を歩む、ポカポカとした暖かな仁を実践する、のみだ。

 

三行詩 第百二十四章(泰伯第八②)

f:id:aristotles200:20240203113150j:image

○日曜日の午後、1月28日、自宅

 

子曰、三年学、不至於穀、不易得也。泰伯篇十二

 

孔夫子はいわれた、学問の道を学んでも、たかが三年で仕官を求める者がいるのだ。

 

「何の為の学問の道か、仕官は手段であり、目的は苦しむ民を救うことにある。孔夫子の門を叩いた者でも、志が低く、仕官目的の者がいることを孔夫子は嘆かれた」

 

#論語

 

○月曜日の朝、通勤

 

子曰、篤信好学、守死善道、危邦不入、乱邦不居、泰伯篇十三

 

孔夫子はいわれた、学問の道を好み、堯帝、舜帝が残された先王の教えを篤く信じること。生ある限り学問の道を歩み、自ら徳を善くすること。政で争う国には立ち入らず、政が乱れた国には滞在しないこと。

 

「孔夫子の教えとは、英雄になることではない。学問の道を歩み、自らの仁徳を広げ、及ぼし、(君子を補佐して)苦しむ民を救い、世の中を泰平にするのだ」

 

#論語

 

○月曜日の夕方、通勤

 

天下有道則見、無道則隠、邦有道、貧且賤焉恥也、邦無道、富且貴焉恥也。泰伯篇十三

 

天下に仁徳が満ちているのであれば世に出るし、天下に不仁が横行しているのであれば世から隠棲する。国で仁徳が行われている、にもかかわらず用いられず貧しいままであれば恥とし、国で不仁が横行している、にもかかわらず用いられ富や名声を得ているのであれば恥とする。

 

「この句も、孔夫子が誰について述べられたかにより解釈が変わる。君子は斯くあるべきであるのか、弟子たちにこうありなさいと述べたのか、老年になってからの遺言か、孔夫子自身のことを述べられたのか。識者の現代語訳を参照しても曖昧な解釈が多い。結論は根本通明先生の論語講義で確認したい」

 

#論語

 

○火曜日の朝、通勤

 

子曰、不在其位、不謀其政。泰伯篇十四

 

孔夫子はいわれた、立場、責任にない者が、担当者に向かってとやかくいうものではない。

 

「断片的なな孔夫子の言葉、前後の句との関連性も低く、孔夫子以外の5W1Hも不明の為、言葉通りの解釈のみ。確かにこういうことはある」

 

#論語

 

○火曜日の朝、駅

 

「幸せという感覚は、自己の積み重ねを肯定するか否定するか、自らの選択による」

 

「金持ちだから幸せとは限らない、人の欲望とは、得てして現状を台無しにするものだ」

 

「例えばパール・バック著、『大地』の第一部主人公である王龍の幸せは、私は成功するまでだと思う」

 

#三行詩

 

「他人と比較する幸せを求めている人は、方法そのものが不幸だし改善の余地が少ない」

 

「腹をくくるというか、過去は過去、未来は未来と決別する、今だけに注力すれば良い」

 

「目的を定め、目標を刻む、継続する、ささやかな進捗に、積み重ねに幸せはある」

 

#三行詩

 

「仮に、貴方が有力国会議員の御曹子とする、確かに恵まれているが、幸せとは限らない」

 

「人の不幸とは、目的を定められない、安直に眼耳鼻腹の欲望のままに生きることだ」

 

「S・キングの小説、『ヨーシャンクの空に』は架空の物語であるが、学ぶことは多い、幸せとは自ら掴むものだ」

 

#三行詩

 

「幸せを掴むのに、老若男女は関係ない、常に、いつ、今から目的を定め、目標に向えばよい」

 

「目的を探す、ことも十分な目的足り得る」

 

「運不運、巡り合わせを恨むよりは、現状を受入れ、最大公約数的な幸せを求めることが現実的、且つ建設的な方法であると思う」

 

#三行詩

 

○火曜日の夕方、通勤

 

子曰、師摯之始、関雎之乱、洋洋乎盈耳哉。泰伯篇十五

 

孔夫子はいわれた、魯の楽団長である摯が演奏した関雎の終曲部分は、とても美しく、透明感のある音色は広がりを見せ、旋律とハーモニーを鮮やかに浮き上がらせた。今だに耳に残る素晴らしい演奏であったな。

 

「孔夫子は音楽を好まれた。当時の音楽を現代で聴くことは叶わぬも、『洋洋乎盈耳哉』と表現された音色は、現代でも想像力を掻き立てられるに十分だと思う」

 

#論語

 

○水曜日の朝、通勤

 

子曰、狂而不直、侗而不愿、悾悾而不信、吾不知之矣。泰伯篇十六

 

熱狂しても正直ではなく、知らないくせに真面目ではない。また、何も出来無いくせに誠実ではない。このような小人はどうしようもないな。

 

「熱狂していることには正直に取り組むこと。知らないことには真面目に接すること。何も出来無いのであれば、せめて誠実であること。私は小人なので、今日はこの三つに取り組みたい」

 

#論語

 

○水曜日の朝、一休み

 

「通勤、座れた、寝る、終点で目覚めた、5分で深睡眠とは想定外、アラームも効かず」

 

「勿論、常に2本早く通勤しているので問題なし、サラリーマンとは用心深く、強かであるべし」

 

「水曜日で、もはや疲れている、今週は昔の仲間と呑み会あり、モチベを上げていこう」

 

#三行詩

 

○水曜日の夕方、通勤

 

子曰、学如不及、猶恐失之。泰伯篇十七

 

孔夫子はいわれた、学問の道とは、学んでも学んでも未だ及ばないものであり、学び得ても失うことのないようにと恐れ、繰り返し繰り返し復習するものだ。

 

「学問の道とは厳しく、心緩むことなく日々繰り返し学ばなければならない。孔夫子は弟子たちに向けて、学問に対する姿勢を述べられた」

 

#論語

 

「当然ながら学問の道とは、厳しさだけではない」

 

「学問の積み重ね、実践は自らの仁徳を広げる、仁は、礼、義、知と広がり、世の中を正しく見ることが出来る」

 

「最大の楽しみは、学問の世界の深さ、広さだ。学んでも学んでも先がある、汲んでも汲んでも尽きない、どんどん夢中になる」

 

#三行詩

 

○木曜日の朝、通勤

 

子曰、巍巍乎、舜禹之有天下也、而不与焉。泰伯篇十八

 

孔夫子はいわれた、なんと偉大な業績であろうか、舜帝、禹帝の下での政とは。しかも両帝とも南面して玉座に座られていただけというではないか。

 

「善いことを好まれ、実践し、周りを巻き込んで、ますます善いことを好まれ、実践する。私は舜帝の大ファンだ。孟子しかり、舜帝が登場するだけで嬉しくなる、幸せに満たされる」

 

#論語

 

○木曜日の夕方、通勤

 

子曰、大哉、堯之為君也、巍巍乎、唯天為大、唯堯則之、泰伯篇十九

 

孔夫子はいわれた、堯帝とは、なんと偉大な君主であったことだろう。天とは唯一無二の存在であるが、かの時、唯、堯帝のみが天に則って政をなされたのだ。

 

「その仁は天のごとく、その知は神のごとく、などと最大級の賛辞で描かれる。黄色い冠で純衣をまとい、白馬にひかせた赤い車に乗った。(Wikipedia/『堯』より抜粋)」

 

#論語

 

○金曜日の朝、通勤

 

蕩蕩乎、民無能名焉、巍巍乎、其有成功也、煥乎、其有文章。泰伯篇十九

 

(堯帝の)偉大な功績は広々として果てしなく、民は(成された事業を)名付けることすら出来無い。様々な広大な成功を収められ、礼楽を後世の遺されたのだ。

 

「巍巍乎(ぎぎこ)に蕩蕩乎(とうとうこ)と堯帝の偉大さを表現された。もはや神話のようにすら思える」

 

#論語

 

○金曜日の夕方、通勤

 

舜有臣五人而天下治、武王曰、予有乱臣十人、泰伯篇二十

 

舜帝は部下に五人の賢人(禹、稷、契、皋陶、伯益)がいて天下を治められた。武王はいう、私には乱を治められる十人の重臣(周公旦・召公奭・太公望・畢公・栄公・太顚・閎夭・散宜生・南宮适・太姒)がいる。

 

「例えればマーベル映画、儒学アベンジャーズのような樣となっている。人物を一人ずつ追いかける楽しみもある」

 

#論語

 

所感)

■土曜日の深夜、自宅

友人たちと鳥貴族へ、楽しき呑み会であった。

帰宅、のち寝込む。

軽い風邪をひく。

 

翌、日曜日も終日寝る。

喉の痛みがましになる。