
◆今週の詩
・ 終結の地 (詩誌 MY DEAR 投稿)
・ 羨ましい
・ 誰でもない
・ 256人
・ 覚醒者
・ 認めない
・ シンク
・ モーニング
・ 面白い話
◯月曜日の朝、通勤
『終結の地』
ターミナル駅へ向かう
改札
誰もいない
エスカレーターに乗る
2階のホームへ向かう
無人
珍しい
終電近くでも数人はいる
他のホームを見る
人影はない
スマホを取り出し
運行情報を確認
異常なし
9線10ホーム
人間は私だけ
奇跡の瞬間かもしれない
スマホで写真を撮る
ホームの定位置に並ぶ
いつもなら
通勤客の行列
周囲には
見渡す限り
人間はいない
アナウンスはなく
電車もこない
駅の横を通る
大通りで渋滞する
車の音も聞こえない
無音
照明が
1番ホームから
順番に消えていく
すべてのホームが
暗くなった
オレンジ色の
非常灯の中を
中2階の改札へ向かう
ターミナル駅の
外に出る
誰もいない
静寂
スクランブル交差点の
信号は消えている
駅前の百貨店や
商業施設の照明も
消えている
絶句
✳
突然
重低音のラッパが
大音量で鳴り響く
耳を抑え
うずくまる
頭の中に声が聞こえる
このメギドの地へ
獣たちよ
集え!
重量物が
地面を踏みしめる音
姿は見えないが
次々と
見えるところ
すべて揺らいでいる
頭痛の中で
記憶が
戻りつつある
黙示録の言葉が
繰り返される
ユーフラテス川の水は
枯れた
王たちを
この地に集めよ
空間の歪みは
実体をともない始める
通勤客が
スクランブル交差点と
交わる大通りから
地平線まで
見える限りに現れる
周辺の高層ビル
すべてに照明が点き
屋上、窓側には
人影が
隙間なく立っている
スピナ修道士の
数えた通り
1億3330万6668匹の獣
否、人間たちが
集結した
そう、ここがハルマゲドン
終結の地
#自由詩 20261012(ver1)
(注)アルフォンソ・デ・スピナ
1412年〜1491年
スペインのフランシスコ会修道士
説教家、神学者
異端審問の中心的人物
◯月曜日の夕方、通勤
『羨ましい』
朝の通勤
駅のホーム
電車を待っている
くたびれた
背広姿の老人が話かけてくる
久しいな
メフィスト
おお、アモンか
なんだ
嫌に疲れているじゃないか
ああ、実はな
昨日、ボスにこっ酷く叱られてな
目から
空中に
映像がうつしだされる
他の業界に行っても
お前なんか通用しないぞ
お前の代わりなんて
いくらでもいる
仕事が遅いから残業になるんだよ
それは業務ではなく自主居残りでしょ
うへえ
クワバラ、クワバラ
厳しいな
ああ、もう限界かもしれない
おい、しっかりしろよ
ああ、でもな
線路を見つめる
このまま
楽になりたい
いや、無理無理
直ぐに生まれ変わって
同じ悪魔になるだけだろ
ああ、わかってる
まさか
ああ、神さまのところに
駆け込もうかと…
よせよ
おれたち
どんな酷い目に遭わされたか
身ぶるいをする
ノルマ未達成の時の
神さまの声が
脳裏によみがえる
やる気があるのか
給料どろぼう
未達分は身を削って埋めろよ
売上が下がったのは
お前の性格・人格のせいだろ
天使も悪魔も
地獄だな…
全くだ
神さまも魔王もいない
人間が羨ましいよ
#自由詩 20261012(ver1)
◯火曜日の朝、通勤
『誰でもない』
無機質な
高層ビルの狭間を
レールが伸びている
通勤電車が走っている
それぞれの人間は
自我を抱き
意思、行動する
集合体としての
自覚はない
自分のことで精一杯
それでも
集合意識としての
選択と行動は為される
事象に対する
防衛反応の投影
それぞれの人間は
社会を維持発展させるべく
自分の為に
選択と行動を繰り返す
無機質な
高層ビルの狭間
集合の中で
独りという
孤独感に苛まれる
私が誰なのかを
私に問う
大きな言葉が返る
人間
日本人
サラリーマン
他は?
あと10年で定年退職です
ふーん
それで
趣味は詩を書くことです
で、貴方は何者ですか
自分の言葉で答えてください
……
答えられません
なるほど
貴方は
貴方自身を述べるのに
借り物の
集合意識の名前しか持っていない
そういうことですか
その通りです
貴方は誰ですか?
答えられません
ここに貴方は存在していますか?
答えられません
でしょう
その通りなんです
人間とは
誰でもない
集合意識が貴方なんです
自我とは
まやかしに過ぎません
貴方の本体は
ほら
親指と人差し指で挟んでいる
プラスチック製
一目で安物とわかる
沈黙
無機質な
高層ビルの狭間を
たくさんの
何かが、歩いている
#自由詩 20261013(ver1)
◯火曜日の夕方、通勤
『256人』
通勤電車の中で
吊り輪を握り、立っている
混み合う車内
他人同士が
沈黙のままに
それぞれの降車駅まで横にいる
隣に立つ人にとって
私は、見かけ以上の情報を持たない
他人だ
同様に、前に座る人にとって
視界からくる
情報に左右はされようが
やはり他人には変わりない
一つの車両に
256人の他人が
同じ空間、時間をともにする
この場の主人公と脇役
全てが他人と化してしまった
この256人は
たった今、存在意義を失い
ただの人形と化してしまったのだ
私は、生きる人形の一体として
コホン、と咳き込む
すると
あちこちから
コホン、と他人の人形も咳き込み
この瞬間
主人公は
咳き込む人たちとなり
脇役の多くは
その空気を吸い込む
そう、せざるを得ない
もはや256人は
他人ではない
ともに
電車に乗る仲間たちではないか
#自由詩 20261013(ver1)
◯水曜日の朝、通勤
『覚醒者』
通勤電車の中で
吊り輪を握り、立っている
混み合う車内が
不思議にも愛しい
乗客たちに、笑みを浮かべる
誰も返してくれない
そう、何故なら
笑みは、私だけの特権である
私は
この瞬間
この場の
主人公であることを認識する
他人たちを睥睨し
私の空間にいる他人たちを
赦すのだ
私は
笑みを浮かべたまま
天井を見上げる
✳
ふふふ
ははははは
声をあげて笑う
全身から
光が放たれている
天井まで浮かび、いう
今こそ
貴方たちを
救おうと思うのだ
✳
通勤電車が
車内アナウンスとともに
駅に到着する
車内は
私以外、誰もいない
扉が開き
一人、ホームに立つ
手を大きく開き
世界に、いう
さあ
救済を続けよう
片手を振る
電車を待っていた
数百人が
光り輝き
空に消えていく
さあ
さあ、さあ
悲鳴、絶叫
逃げ出す通勤客で
ターミナルはパニックに
笑顔
心配はいらない
私たちは
たった今、存在意義を得て
人間を卒業してしまったのだから
両手をふる
パン
右胸から
血が広がっていく
え?
パン、パン
頭に二発
ホームに崩れ落ちる
男が
拳銃を構えている
無線機を取り出す
覚醒者、鎮圧しました
ええ
被害者は
数百人規模と思われます
#自由詩 20261014(ver1)
◯水曜日の夕方、通勤
『認めない』
左眼は
いつも閉じている
日常生活に不便はない
子供の頃から
変わらない
健診で問題はない
幽霊や悪霊が
見えるわけでもない
左眼から
ヒートビジョンも放てない
真夜中に
左眼が外に出て
手足が伸びて
話しかけてくることもない
もちろん
見えている
それでも
薄っすらと
赤い土と岩の大地
崩れ落ちた
高層ビルの残骸
透明な赤い海
人間は
何処にもいない世界が
見えている
どちらが真実かも
気づいている
だからどうしろと
毎朝、挨拶をし
朝食を食べて出勤
会社で同僚と世間ばなし
帰宅して
家族と夕食を共にする
深夜
上空に
ミサイルの通過音
衝撃波
一瞬で
蒸発する
目覚めれば
日常が待っている
繰り返す
ずっと
このまま
左眼は開かない
認めない
#自由詩 20261014(ver1)
◯木曜日の朝、通勤
『シンク』
山のように
積み上げられた
白いお皿を洗っている
何万回洗おうが
終わることはない
何故なら
1枚のお皿を
洗い続けている
お皿を洗う
どのお皿を洗う指示はない
ならば
同じ皿を洗い続けるほうが
無理や無駄が少ない
山のように
積み上げられたお皿を前に
朝から夕方まで
1枚のお皿を洗い続けている
永遠に続く
ことはない
周囲には
洗う予定のお皿が
積み上がっていく
前と後ろ、右から左
シンクを囲み
放射状に円を描いて
渦巻きのように広がり続ける
シンクを中心に
直径10キロメートル
積み上げられた
お皿の渦は増殖していく
必死に
1枚のお皿を洗い続けている
どうすれば
ここから解放されるのか
皿を洗う手を止める
気づいた
問題は、ここではない
お皿が
無限に増殖することにある
磨き過ぎて
鏡のようになった1枚のお皿を
床へ捨てる
パリン
砕け散った
渦の中心
起点のお皿の前に
立っている
方向を確認する
よし
積み上がったお皿を
倒す
中心から外側へ
弧を描きながら
お皿の山が倒れていく
ザザ
ザザザザザ
ゴゴゴゴゴゴ
パリン
最後1枚が割れる
直径10キロメートル
すべてのお皿は倒れた
静寂
無数の割れたお皿と
中心に
シンクが一つ
ここは
何処なんだろう
#自由詩 20261015(ver1)
◯木曜日の夕方、通勤
『モーニング』
喫茶店に入る
机に座る
モーニングセットを注文
トレイで運ばれてきた
お皿にトースト、ゆで卵
サラダとベーコン
そしてホットコーヒー
お皿には
モーニングが描かれている
陶器のコーヒースプーンは
コーヒーが描かれている
私のTシャツには
似顔絵で描いてもらった
私がいる
どれも
喫茶店で
モーニングを楽しむ
私である
Tシャツに描かれた私が
コーヒースプーンに描かれた
コーヒーを飲む
そうして
お皿に描かれた
トーストを口に運ぶ
同時に
Tシャツに描かれた私の
Tシャツに描かれた私が
コーヒースプーンに描かれた
コーヒーを飲む
⋯⋯
同時に
Tシャツに描かれた私の
私の、私の
私が
⋯⋯
無限に深層化していく
無数の私が
モーニングセットを食べている
本物の私は
最下層で
モーニングセットを食べながら
上を見る
無数の私が
モーニングセットを食べている
#自由詩 20261015(ver1)
◯金曜日の朝、通勤
『面白い話』
ある日のこと
王さまに呼ばれる
なにか、面白い話を聞かせてくれ
承りました
では、明日お話しします
大臣は自宅に帰り
執事にいう
面白い話しを聞かせてくれ
かしこまりました
では、12時間後にお話しします
執事は事務室に戻り
部下にいう
面白い話しを聞かせてくれ
承知しました
では、6時間後にお話しします
部下は家に帰り
妻にいう
面白い話しを聞かせておくれ
そうね
なら、3時間後にお話しするわ
妻は子供部屋に行く
子供にいう
面白い話しをしらない
うん
じゃあ、1時間待ってよ
子供は犬小屋にいく
犬にいう
面白いこと、教えて
ワンワン
クーン、クンクン
✳
王さまはいう
で、面白い話とは
なにかな
ワンワン
クーン、クンクン
⋯⋯
#自由詩 20261016(ver1)
所感)
■待ち合い
2026年9月15日午後2時38分−
眼科の待ち合いにて、
左眼白内障手術の順番を待っている。
外は雨が降ったようだ。
クーラーが効きすぎて肌寒い。
左眼は点眼を3回受け、やたら眩しい。
手術は2回目なので落ち着いている風だが、血圧は正直に高めを示す。
■自宅
2026年9月16日午後2時06分−
朝一で診察、眼圧20、次回は18日に眼底検査の予定。
松屋で朝定食を食べ、セブンイレブンで昼飯を買い帰宅。
ネットフリックスの映画を流しながら
カナダのロックバンド、Nickelbackを聴いている。
暇なので、はてなブログで発表した過去詩を推敲して、3詩noteに載せる。
フォローワーさん現在280人。
noteは、詩を発表している人数が、はてなブログより桁が2つ違うように思う。
2週間でビューが12,771回、スキ(イイネ)が1,443回付いた。
詩を発表する人は、ブログ全体では少数派でありマイノリティを感じることが多いが、
どうもnoteに集中しているのではないか。
手術明け1日目、ジムも行けない。
片っ端から他人の詩を読んでいる。
感嘆する、素晴らしい詩もあれば、
無難にみんなでハッピー、共感グーッ的な詩もある(悪いとは思わないが、私とは方向が違い過ぎる)。
フォローワー数が多い=素晴らしい詩、とは必ずしも限らない気がする。
複数のプロ詩人から継続的に育成、指導を受けれる、温泉宿のようなネット詩誌MY DEARの世界とは違う。
言葉は悪いが、野良育ちの強者がごろごろいる、唯我独尊のサバイバルワールドの感がある。これはこれで面白いと思う。
https://note.com/fair_godwit6387
■私見、徒然、詩に関して
2026年9月18日金曜日、午前11時5分−
自宅安静中、夕方、眼科で眼底検査の予定。
詩を書いている。
ノートに書いて、ある日ゴミ回収に出されて消えてしまう、では寂しい。
意味がない。
「詩を書くとは、人目に触れて欲しいから書く、これは否定できない。」
ならば、どう人目に触れるかの方法論となる。
従来であれば、何らかの賞を取る為に投稿、応募を繰り返す。自費出版して目に見える形で詩人デビューが流れではないか。
昨今、Web上で発表することが主流になり、紙の出版が業界ごと斜陽に向かっている。
「詩を書くとは、自分を知ってもらいたいから書く、これは否定できない。」
この理屈で行くと、著名な賞を受賞して権威ある団体に入会し、世に知られるパターンが衰退しつつある。
詩、詩集は商業的に利益が出にくい。
天才級以外は、プロ級でも詩人という職業では食べて行けない。
「詩を書くとは、自分自身と向き合うこと、他人の評価だけを追い求めることではない」
そう、noteなどのブログで発表した方が、人目に触れる部分では、遥かに紙媒体を上回る。
しかし、ここにも問題はある。
読んでもらう為には、フォローワー数を増やさなければならない。
=イイネ・スキの応酬という作業と、Web上でヒットしやすいポピュリズム的な変質が必要となる。
人気を意識した、世の中に媚びた作品へ、
これでは紙媒体より酷い。
結局、紙媒体を意識した詩は、WEB上では評価されにくい。
にっちもさっちも行かない。
折衷案がある。
自分の書きたい詩(世界)をWEB上に載せていく。世界を深化させる。
そしてリターンは求めない。
なるほど、詩を書くということが、少しわかってきた気がする。
何処を目的とするか、
四方八方、利益が出ることは永遠にない。
紙媒体の業界、及び権威と賞は、商業的な成功の無い、詩壇内部=身内(と外=読者)だけの関係に変化が無ければ、10年、20年先、消えて行くか、形骸化してしまう気がする。
ただ、詩を書く人は増え続けているように思えて仕方がない。
従来の読者自身が、自ら詩を書く時代が来ている。
AIを使えば、普通の人がプロ級作品を秒で作れる時代になっている。
しかしAIは、所詮AIに過ぎない(今のところは)。
読む人が読めば一目瞭然。
不安定、不自然さの揺らぎ、生活の臭いが、文間から匂ってこない。
AIを使用した美しい言葉のキャッチコピーは、本来の詩ではない。
新しい文学、ジャンルが生まれつつある。
「詩は人目に触れてほしいから書く。しかし、人目に触れることと、人目に合わせて書くことは違う。」
必然的に、紙媒体の過去の遺物的に作られた詩、人間の生活から生まれる言葉こそが、詩と認知される。
ここで詩は、原点回帰され、本来の目的へと戻る。
詩は、世の中から消えることはない。
AIに飲み込まれることもない。
過渡期にいる。
人間は、何十年経とうが、人間に変わりはない。
現状を理解した上で、
人間の言葉で、人間の詩を書こうと思う。