四端録

東洋思想に関して。四書を中心に意訳して所感を述べ、三行詩にて日々の出来事、思うことを記しています。

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三行詩 第百四十二章(先進第十一②)

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○日曜日の午後、7月14日、ウオーキング

 

子曰、夫人不言、言必有中。先進十四

 

孔夫子はいわれた、(高弟の閔子騫は)普段はあまり物を言わない人であるが、言えば、必ず、物ごとを的確に把握している。

 

「夫子の言葉も少ないが、この場合、ほぼ(閔子騫を)絶賛している」

 

論語

 

○日曜日の午後、森

 

孔子家語 新釈漢文大系をAmazonで買う」

 

岩波文庫の旧版を読もうと思っていた矢先に、安くなっているのを見つけた」

 

「他にも、東洋文庫論語徴2を探しているが、値が上るばかりだ」

 

#三行詩

 

○日曜日の夜、自宅

 

孟子金谷治先生の中国古典選5(朝日新聞社)を愛読している」

 

「書き下し文が主で、ほぼ毎日、素読している」

 

「白文、訓読文(書き下し文)と向き合い、自らどう思うか、考えるのが楽しい(迷走も多いが)」

 

#三行詩 #孟子

 

○日曜日の夜、自宅

 

アトピー悪化して、服の下は再びミイラ男と化している」

 

「気晴らしもあり、孟子の意訳に集中している」

 

「若い頃は(掻かないように)ひたすらDSレイトン教授シリーズをしていた時もあったが、五十を越えてゲームは(感性が)追い付かない、もはや無理らしい」

 

#三行詩

 

○日曜日の夜、自宅

 

孟子は、論語と比べれば軽い」

 

ウイスキーの原液とハイボールくらいの差はある」

 

「しかし世の中、ウイスキーの原液をがぶ飲み出来る人は限られるし、孟子も現代ではストレートで飲める人は少なくなる一方に思う、それだけ我が祖国も学問が軽くなって来ている」

 

#三行詩

 

○月曜日の夕方、ウオーキング

 

子曰、由之瑟、奚為於丘之門、先進十五

 

孔夫子はいわれた、子路の琴の音色を聴くと、我が門の人とは思えんな。

 

武侠子路にも苦手あり、孔門のジャイアンとは彼のこと(もちろん开万哨)」

 

#論語

 

○月曜日の夕方、森

 

ブレンデルベートーヴェン·ピアノソナタ全集を聴きながら森を歩いている」

 

「小雨、かなり蒸し暑い、汗、つきまとう藪蚊」

 

「ふと、内モンゴルの雨の草原を一人、馬に乗り駆け抜けたことを思い出す、若いときは無茶もした」

 

#三行詩

 

「何せ三十年前だ、もちろん旅行者向けだ(ベテラン馬に乗せられていたと思う)」

 

「馬など乗ったことはなかったが、手綱操作と脚の締め付けを教わり、後は簡単だった」

 

「草原のゲルに泊まり、茹でた羊肉と強い焼酎、内モンゴルは最高だった」

 

#三行詩

 

○火曜日の朝、通勤

 

門人不敬子路、先進十分五

 

(子路の琴による演奏を聴いた夫子の評を聞いた)他の門人は、子路を先輩として尊ばなくなってしまった。

 

論語内では貴重な夫子の开万哨(冗談)も、新しく入門した弟子たちには通じなかった」

 

論語

 

○火曜日の朝、乗り換え

 

「20キロの可変式ダンベル来たれり(Amazonで購入、バーベルにもなる)」

 

「この三連休、手持ちの5キロ✕2とで子と各種競争をする(まだまだ負けてない)」

 

「親子で筋肉痛だ、あちこち身体は痛むが、通勤中、不思議と心地良い」

 

#三行詩

 

○火曜日の午後、一休み

 

儒学を学んでいると、陽明学が好きだという人には普通にビビる」

 

陽明学はいきなりは理解出来ない学問だ」

 

論語の集解から四書五経、二程子、朱子学、そして陽明学に至る、古学の人もそうだが相当の学問の人だ、確実に只者ではない(研究者レベルの人だ)」

 

#三行詩

 

○水曜日の朝、通勤

 

子曰、由也升堂矣、未入於室也、先進十五

 

孔夫子はいわれた、子路の学問を例えるなら、既に王宮の堂には至っている。王の室の前までは来ているのだ。

 

「王(学問の目的地)と王宮(学問を十分に理解している)の例えで子路を持ち上げる夫子、何だか分からない子路の図」

 

#三行詩

 

○木曜日の朝、通勤

 

子貢問、師与商也孰賢乎、先進十六

 

子貢が問う、子張と子夏、どちらがより賢いですか。

 

「我が強く出過ぎる子張と、経書や古典ばかり読んでいる子夏、それを見て優越を問う子貢、三者三様の弟子たちの様子が伝わってくる」

 

#論語

 

○木曜日の朝、電車内

 

ダンベル・エクササイズの効果か全身に筋肉痛あり、眠たくもある」

 

「家人より、最近、ますます短気との指摘あり」

 

「基本的に黙っている、国際的に著名な某スナイパーのように『・・・・・』が多いが、理解るらしい」

 

#三行詩

 

○金曜日の朝、通勤

 

子曰、師也過、商也不及、先進十六

 

(子張と子夏の優越を子貢から問われて)孔夫子はいわれた、子張は物ごとに過ぎるし、子夏は物ごとに足らない。

 

「行き過ぎては取り返しのつかぬこと(言葉)もある、足らず(行動)なら足せば良い」

 

#論語

 

○金曜日の朝、電車内

 

「人立ち入りで電車止まる、横に立つ人が舌打ちとボヤキを繰り返す」

 

「他は下を向いて耐えている、ボヤッキーが移動して車掌に文句を言うている」

 

「お通夜での司会のような慇懃口調で車内放送をする車掌さん、ボヤッキーが電話、横の人がクシャミを連発している」

 

#三行詩

 

所感)

■頼る、つれづれ、学問の道

何かに頼る、ということ自体が既に自らから逸している。

 

学問とは、頼るものではない。

学問とは、自らを磨く為にあり、主は学問にはなく、あくまで物ごとを自らどう考える、どう行動するかの選択肢を正しくすることにある。

 

何が正しいか、正しくないかを図る過程に、他人への批判や自己弁護は一切あってはならない。

まず、自らの悪を省みるのが孔夫子の教えだ。

まず、自らを正しくする。そこから世の中を正しく視るのも孔夫子の教えだ。

 

一辺倒に儒学の目標は聖人君子になることである、ではない、違う。

自らの到達点も、自らで決めねばならない。

学問とは個性の解放であり、型にはめたような善人などは、少なくとも儒学から生まれはしない。

 

頼るものは、学問でも正義でもない。

日頃から磨いてきた自ら、そのまんまだ。

そこも、自らを頼るようでは学問が中途半端と言える。

日常生活のそのままが、既に学問の実践である。

 

学問で自らを磨くと発心して三年、まだまだだ。

学べば学ぶほど、内省と実践との差が広がる一方に思う。

自らの独善や、本音と建前、人の顔色を窺う、等々そこら辺の小物を貫く、一つが細い。

一つとは自らであり、自らとは学問の実践だ。

 

日々が学問であり、動作、呼吸、思いも突き詰めれば学問のはずだ。

しかし、今はここらへんで精一杯らしい。

孟子 梁恵王章句上(六章)

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孟子』梁恵王章句上(六章)

○白文から意訳し、私見を述べています。

(2024年7月13日から 7月16日更新済み )

 

6−1、孟子見梁襄王。出語人曰:「望之不似人君,就之而不見所畏焉。」

 

孟子、梁の恵王の後を継いだ襄王と面会する。

面会のち門弟にいう、襄王は王にふさわしい人物とはいえないようだ。王としての威厳に欠け、礼節も持ち合わせていない。

 

「父親の恵王は、まだ思い(怒りと恩怨)はあったが、跡を継いだ襄王はその思い(気力)すらない。凡庸な王であったらしい」

 

6−2、卒然問曰:「天下惡乎定?」吾對曰:「定於一。」

 

襄王は(孟子と初見でありながらも挨拶もせず、沈黙ののち突然に)いう、天下の行く末はどうか。

孟子はいう、一つに定まりましょう。

 

「襄王の人となりが表れている、日本でも世襲議員世襲経営者、最近では知事に多い。目下の人は最初から見下す、礼はしないが、相手の礼がなければ激昂するパワハラ気質は時代を問わない」

 

6−3、「孰能一之?」對曰:「不嗜殺人者能一之。」

 

襄王はいう、どう一つになるのか。

孟子はいう、人を殺さない者が、天下を一つと成しましょう。

 

孟子は一目で襄王がくだらない人物であると見抜いてしまう。であれば、その気質からくる暴虐を、少しでも和らげようと人を殺すことの愚かさを説く」

 

6-4、「孰能與之?」對曰:「天下莫不與也。

 

襄王はいう、そのようなことで天下が一つになるものか。

孟子がいう、人を殺さない者以外に、どうして天下を一つに治めましょうか。

 

「戦国時代の専制君主だ、人など人と思っていない。そこで孟子は王であれば気になるWordである天下を制する方法を説いて、仁を説く」

 

6-5、王知夫苗乎?七八月之間旱,則苗槁矣。

 

孟子はいう、王よ、穀物の苗はどう育つのかご存知ですか。七月、八月の夏の盛り、雨が降らねば苗は皆枯れてしまうものです。

 

孟子、得意の比喩表現。意訳していると目前に広大な農地に植えられた枯れかけや穀物、真夏の青々とした空、山の向こうには巨大な積乱雲」

 

6−6、天油然作雲,沛然下雨,則苗浡然興之矣。

 

しかし、やがては天には雲が集まり、苗を育てる雨を大地に降らせるのです。

すると枯れかけ倒れていた苗は生き返り、天に向かって起き上がります。

 

孟子はいう、本来の人の性とは、必ずや天に向かう(性善)ものです。この天とは仁ともいえます、と」

 

6−7、其如是,孰能禦之!今夫天下之人牧,未有不嗜殺人者也。

 

省みれば、今、この戦国の世の中で王と名乗る者は皆、敵国の人間や、自国の家臣、民を殺すことに一寸とも躊躇しません。

 

「世の中と、と王の国である梁の現状を述べる。民は虐げられ、憎しみの連鎖が世界を覆っている」

 

6−8、如有不嗜殺人者,則天下之民皆引領而望之矣。

 

そこで、人を殺さない王が世に現れるのであればどうでしょうか、天下の民がこぞって待ち望むに違いありません。

 

「目の前の愚鈍な独裁者の前で、言葉が浮いているのを自覚しながらも、孟子は、自らの信念に基き述べている」

 

6−9、試如是也,民歸之,由水之就下,沛然誰能禦之!」

 

王よ、(真夏の盛りに雨が降って、枯れかけていた苗が生き返るように)これは明らかなことです。

民が待ち望んでいる仁徳の王が現れることは、水が低きに流れ(枯れかけていた)、苗を水で満たすように、誰も止めることなど出来ないことなのです。

 

「仁徳の王は、少なくとも目前の襄王ではないことを相互に理解しながらも孟子はいう。もはや襄王に話しているのではない、後世に孟子を学ぶ私たちに語りかけている、とすら感じる」

孟子 梁恵王章句上(五章)

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孟子』梁恵王章句上(五章)

○白文から意訳し、私見を述べています。

(2024年7月12日から 7月14日 更新済み)

 

5−1,梁惠王曰:「晉國,天下莫強焉,叟之所知也。

 

恵王はいう、趙・魏・韓と分裂する前の、晉という国が、天下にある国々の中でも最強(中原の覇者)と称されたことは先生もご存知の通りです。

 

「ここで恵王の胸の内が語られる。この人のプライドの出どころは『中原の覇者に連なる王』であり、遠い過去にすがって生きている人だとわかる」

 

5−2、及寡人之身,東敗於齊,長子死焉;西喪地於秦七百里;南辱於楚

 

寡人(私)が魏の王位を継いでから、東方では斉に破れて長子は討ち死にし、西方では秦に領土を七百里に渡って奪われ、南方では楚に侮辱を受けた。

 

「何故こうなったか、省みる視点が見事なまでに欠けている。負ければ負けるほど博打にのめり込むタイプであり、王の資質に欠ける」

 

5−3、寡人恥之,願比死者一洒之,如之何則可?」

 

寡人(私)は、晉に連なる国の王として、今の状況をを恥と思い、これまでに死んだ者の怨みを晴らしたいと常日頃思っている。どうすればこの恥と怨み晴らせようか。

 

「自らの存在、思い、行動こそ恥であるのに、負の連鎖に気づけない。亡国の指導者とは古代、現代を問わず変わらないのだ」

 

5−4、孟子對曰:「地方百里而可以王。王如施仁政於民,省刑罰,薄稅斂,深耕易耨。

 

孟子はいう、過去の怨恨を晴らし、天下を治める(諸侯の)王となりたいのことですが、

王よ、(領地の大小ではなく)国に百里四方もあれば天下の王となれましょう。

王が仁徳に基づく政治を行い、刑罰を緩め、税を軽くすれば良いのです。

そうすれば民は農地を深く耕し、早々に収穫を終えます。

 

「私的な怨恨を捨て、王としての務めを果たしなさいと述べる孟子儒学とは根本を大切にする。人の根本は父母であり、ご先祖にあり、一方で国の根本は王ではなく民にあり、民を幸せにすることが王の務めである」

 

5-5、壯者以暇日修其孝悌忠信,

 

すると、国の壮者(働き盛りの者たち)は、日々の生活に余裕が生まれ、

(王の仁を見習い)孝悌忠信(父母を孝行し、上の者には従順、自らを誠にして、信頼を全うする)に励むようになります。

 

「国の根本、人の根本を大切にする、ウインウインの関係を述べている。

孝弟忠信は儒学の根本を述べているが、言葉の意味を追えば良いものではない。

何故、どうして孝弟忠信なのか、そして何処へ向かうのか、天下泰平の思いあってこその孝弟忠信であり、言葉だけの薄っぺらい道徳論ではない」

 

5−6、入以事其父兄,出以事其長上,

 

(王の国の民は)家では、父母に仕えて兄には従い、外では役人や年長者に従うようになります。

 

「戦国時代の終わりに生きる孟子はいう、先王の教え、孔夫子の教えとは、この乱れた世の中を変える。本来、人がそうあるべきである状態とは『孝悌忠信』にあると」

 

5−7、可使制梃,以撻秦楚之堅甲利兵矣!

 

そうなれば、棍棒程度の武器でも、大国である秦や楚の、鎧兜や鋭利な武器を装備した兵を打ち倒せましょう。

 

「この句は踏み絵のように思う。学問が浅ければ絵空ごと、と一笑に付すであろうし、一方で学問が深ければ、(論理的にも)こう為らざるを得ないと理解出来得る、のだろうか」

 

5−8、彼奪其民時,使不得耕耨以養其父母,

父母凍餓,兄弟妻子離散。

 

何故でしょうか、戦う秦や楚の兵は、常に戦争に駆り出されて農作業も出来ず、父母を養うことが出来ず、郷里では父母は飢え凍え、弟たちや妻子は離散してしまっているからです。

 

「言い換えれば、今の梁(魏)の現状でもある。孟子ヒューマニストであり(苦しむ民は梁だけではない)、孟子の、道徳なき弱肉強食の世界を救いたいという思いが伝わってくる」

 

5-9、彼陷溺其民,王往而征之,夫誰與王敵!故曰:『仁者無敵。』王請勿疑。」

 

この様に自国の民を詐取し、国中の民が王の所作を憎んでいる国に、仁政を行い篤く民を養う王が軍を率いて攻め込んだとしたら、誰が仁政を行う王に対して刃向かえましょうか。

故に、「仁者は敵なし」といわれるのです。

王よ、自らを省みられよ、目指すべきところは過去に戻ることや復讐ではありません。

 

孟子のいうことは正解である。しかし、時は戦国時代の末期、統一帝国に向けた諸侯間戦争のど真ん中で、凡庸な王の成せるところではない。

現代でも孟子に批判的な人はいう、結局は言葉倒れ、比喩表現に富む戦国末期の論客にしか過ぎない。

この言葉は的を得ているが、視点が小さい。

孟子を、孟子でしか読んでいない。

孟子から論語を読むと、論語の理解が広がるが、論語から孟子を読むと、別の孟子像が浮き上がる。

孟子は『思い』の人だ。

豊かな比喩表現は『思い』の表現であり、『思い』とは、苦しむ民を救いたい、ただ一つに帰結する。

論理的な欠陥や、非現実的な句を一々挙げて孟子を批判するのは、視点が狭すぎると言わざるを得ない。

極論から言えば、梁恵王章句上で孟子に教えを請うた恵王は、聞き役に過ぎない。

孟子は恵王を通じて世界に叫んでいる。

世の中の非合理を、理不尽さを、そしてこれらを無くす為に孔夫子の教えがあると。

孟子を読む私たちは、行間の隅々まで満ちた孟子の『思い』を汲み取らねばならない」

 

三行詩 第百四十一章(先進第十一②)

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○日曜日の正午、7月2日、自宅

 

曰敢問死、曰未知生、焉知死、先進十二

 

更に子路は問う、死とは何でしょうか。孔夫子はいわれた、未だ生を知り得てはおらず、どうして死を知り得ようか。

 

「十一語の漢字の内に、孔夫子の死生観が込められている」

 

#論語

 

「死とは何ですか、孔夫子に問う子路の心は、私たちと同じだ」

 

「先に肉親や友人を奪い、やがては自分をも消し去る死とは何ですか」

 

「かつて孔夫子はいわれた、知らない、ということを知ることが知るということだと。生きるということの真実を人は知り得ない、そもそも(人は)生とは何かと問うものではない。ただ学ぶ、学んだことを実践する、省みる、改める、そして学び続けることが生である、と答えられた。

同様に、どうして死を知り得ようか、人は死を知り得ない。死とは向きあうものであり、知る=選択肢が与えられない事象である。死とは受け入れること、以外の思索をしないことだ。鬼神や死後の世界が人の死を知ることにはならない。目前の死、そのままが全てである、と答えられた」

 

#三行詩

 

○日曜日の夕方、ウオーキング

 

ダンベル筋トレで得たがちがちの筋肉痛を味わいながら歩いている」

 

「外気温35度以上は外に出ないほうが良いらしい」

 

「明日の為に歩いている、暑いからリモート出来る仕事ではない」

 

#三行詩

 

○日曜日の夕方、森

 

ジャミロクワイのヴァーチャル・インサニティを聴きながら森を歩いている

 

「筋肉は正義だ、筋肉は裏切らない」

 

「子から5キロダンベルをかりている、中々楽しい、腹(肚)にくるのが素敵だと思う」

 

#三行詩

 

○日曜日の夕方、喫茶店

 

「もはや動物園と化した騒音のマクドを避けて人の少ない喫茶店へ」

 

「あんバターフランスパンとアイスコーヒーで一息つく」

 

「空調の効いた店内、木目調のカウンターに座り、明日からの活力を貯めている」

 

#三行詩

 

「バッハ、ゴルトベルク変奏曲、32小節のアリアが店内に流れている」

 

「人のいない店内で、ひとり息を吐く」

 

「手持ちの本も読まない、なにもせず、ただ座っている、この時間を楽しんでいる」

 

#三行詩

 

○月曜日の朝、通勤

 

閔子侍側、誾誾如也。先進十三

 

高弟の閔子騫、礼法に則り心、落ち着いた様子で孔夫子の側で控えている。

 

「まず、各高弟の、孔夫子の側で控える様子が描かれる」

 

論語

 

○月曜日の朝、乗り換え

 

孟子の白文からの意訳を再開する、どうせなら初めから始める」

 

「ブログも論語と三行詩とは別に独立させた」

 

孟子とは思いの人だ、ヒューマニストであり、弱き民を救いたいと心から思っている、前回の意訳(3年前)との違いとして、孟子の思いを掘り下げたい」

 

#三行詩

 

「私の学問(儒学)は孟子に感銘を受けてから始まっている」

 

「(今回)過去、挫折した荀子と迷うが、結局はベースの孟子に三年ぶりに帰郷する」

 

「及び、最近の三行詩を省みると、内容が独善的で中庸から遠い、言葉に酔っているとすら感じる、一旦、出直そうと思う」

 

#三行詩

 

○月曜日の夜、自宅

 

「子、帰宅して開口一番、父に相談があると、空手道場に通わせてほしい」

 

「当ては?、ある、何時?、今日の夜、練習がある」

 

「武術・武道を始める時は、勢いが大切だと経験上知っている、なら、今、直ぐに行きなさいと、子、出かける、九時頃帰るとラインあり、頑張れ」

 

#三行詩

 

○火曜日の朝、通勤

 

子路行行如也、先進十三

 

子路、眦を上げ、三軍を率いる将が王の目前で控えるような有り様で(孔夫子の側で)控えている。

 

子路のことだ、側に控えていても常に孔夫子を気遣い、御身を守ろうとしている。武俠であることは(死に際を省みても)終生変わることはなかった」

 

論語

 

○火曜日の朝、乗り換え

 

「猛暑の影響か、肌をあちこち掻き壊し長袖を着ている」

 

「あちこちに包帯を巻いている、またミイラ男に戻る」

 

「仕方ないこと、しかし、(完治を)諦めるのでもなく、(普通に生活を過ごせるように)病に向き合っていこうと思う」

 

#三行詩 #アトピー性皮膚炎

 

○水曜日の朝、通勤

 

冉子子貢侃侃如也、先進十三

 

高弟の冉有と子貢、慎み深く落ち着いた感じで孔夫子の側に控えている。

 

「二人とも行政官としても有能であり、冉有は引っ込み思案、子貢は何ごとも過ぎる(優秀な)あの子貢だ」

 

#論語

 

○水曜日の朝、乗り換え

 

「ホームで並びつつ高血圧、及び睡魔との戦いを繰り広げている」

 

「我が身で大変なので、直ぐ後ろに並ぶカップル、男の奇声に不快感しか感じない」

 

「車内は良く冷えている、後ろの酔っ払い三人が大声で会話をしている、前に立つ男性が繰り返すクシャミがウザい」

 

#三行詩

 

○木曜日の朝、通勤

 

子楽、曰、若由也不得其死然、先進十三

 

孔夫子は高弟たちと共にいる時間を楽しまれた。

後に孔夫子はいわれた、由(子路)は、畳の上では死ねない男であるな。

 

「夫子は、子路の気性の激しさに不安を感じている」

 

論語

 

○金曜日の朝、通勤

 

魯人為長府、閔子騫曰、仍旧貫如之何、何必改作、

 

魯の国で、国の財貨を置く長府という倉を立て直すことになる。閔子騫はいう、今の倉で十分です。どうして古い倉を壊して新しい倉を建てる必要がありましょうか。

 

論語

 

○金曜日の朝、連絡橋

 

「一人は紫色の目立つズボンを履いている、雨の中で妙に似合っている」

 

「若い二人組が大声で会話している、容姿、声に険はなく方言が際立つ」

 

「同郷らしく、今や大都会に住んでいることに感銘している、既視感あり、私もド田舎出身、あるある」

 

#三行詩

 

○金曜日の朝、電車内

 

「対面の座席で食事をしている人がいる、椅子の上に食べ終えたパンの袋を散らかしている」

 

「初老、男性、生活に疲れている感あり」

 

「欠伸をした、やはり疲れているようだ、最後にペットボトルのお茶を不味そうに流し込んだ」

 

#三行詩

 

○金曜日の夜、自宅

 

「子から借りているダンベル5k✕2を使うと調子良い、気に入っている」

 

「深夜、度々アトピー痒みに苦しむ、ならばとひたすらダンベルを上げる、下げる、繰り返す(肌を掻き壊せない)」

 

「今日、Amazonで10k✕2のダンベルも買う、筋肉は正義だ、筋肉は裏切らない」

 

#三行詩

 

○金曜日の夜、自宅

 

孟子論語とは違う、猛々しき、荒ぶる儒学だ」

 

孟子は心底怒っている、世の中の非合理と、強欲な支配者層に物言いたい」

 

「しかし、孟子の本質は論語と変わらない、ポカポカとした(孔夫子の)全ての人を包み込む大きな仁にある、ここは振れてはいけない」

 

#三行詩

 

所感)

■つれづれ、学問の道、そういうことか

論語孟子の白文は、主にWikipediaにあるWikisourceを使用しているが、たまに、中国語のサイトで原文を載せているサイトから拾うこともある。

少なくとも、論語孟子の原文は無断使用しても著作権法に違反はしないらしい。

 

今週、試みに孟子を意訳し私見を書いた。

このまま最後まで貫くことも可能ではあるが、

3年前と今回の中身が、そう変わらないことに気づいてしまった。

作業はしたくないので、少し考えたい。

 

どうせなら、未読の孔子家語をWikisourceから白文を拾って、ちまちまと意訳した方がモチベーションも上がる気がする、

孟子は毎日、素読しており、正直、意訳しても新たな発見はなかった気もする。

要は、学問が進んでいない。そういうことだ。