四端録

東洋思想に関して。四書を中心に意訳して所感を述べ、三行詩にて日々の出来事、思うことを記しています。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

三行詩 第百三十七章(先進第十一②)

f:id:aristotles200:20240615161656j:image

○日曜日の午後、6月9日、自宅

 

色斯挙矣、翔而後集、郷党篇二十三

 

山中、雌雉が人の気配に気づいて舞い上がり、空を巡ってのち再び樹に止まった。

 

吉川幸次郎先生をして、難解、且つ謎のような章と評した郷党篇二十三、次に孔夫子が登場する」

 

#論語

 

曰、山梁雌雉、時哉時哉、、郷党篇二十三

 

孔夫子はいわれた、山橋の上に雌雉がいる、飛ぶも止まるも時に適っている、なんと時に適っていることかな。

 

「郷党篇は、最後のこの章のみ系統が異なる、宮殿での作法や食の好みから、いきなり山の橋を子路と歩くシーンとなる」

 

#論語

 

子路共之、三臭而作。郷党篇二十三

 

(雌雉を見て言葉を発せられた孔夫子をみて)のち子路は雌雉を捕らえて毛を毟り、よく焼いてから孔夫子に差し上げた。孔夫子は、三度匂いを嗅いで、席を立たれた。

 

「或いは、子路が近づくと、雌雉は三度羽ばたいて飛び去っていった、との解釈もある」

 

#論語

 

子路共之を、どう解釈するかによる、朱子ですらこの郷党篇二十三は欠文があるのではないかと述べた」

 

「ようやく郷党篇、2回目の意訳終わる」

 

「内容は頓珍漢ながらも逃げずに真っ向勝負した、最後のみ吉川幸次郎先生の解説に頼る、焼き雉を差し出した子路、らしいといえば確かにらしい(かも)」

 

#論語

 

○日曜日の午後、ウオーキング

 

「今、流行りの洋楽集を聴き流しながら雨の森を歩いている」

 

「老後、という得体のしれぬ時間が迫るなか、過ごし方も考えねばならぬ」

 

「働ける間は働くべし、先に老後を迎えた諸先輩がたは皆言われる、24H、1ヶ月、1年、10年、趣味だけでは長すぎるらしい」

 

#三行詩

 

「少なくとも、終日、TVを前にして、自ら、という記憶が失われていく時間は過ごしたくはない」

 

「幸いかな、一族男系は皆七十初めで同じ病気で亡くなった」

 

「私もこのくらいで人生設計をしている、あと二十年は働き続けながら儒学を学び、ある日、ポックリとお寺さんへ行く予定だ」

 

#三行詩

 

○日曜日の夜、自宅

 

「ドラマ、ラストマン(福山雅治さん主演)を観ている、いよいよ大詰めの9話、10話へ、面白い、名俳優が脇を固めている」

 

「正義とは何か」

 

「大人になる(なれ)、とは少なくとも物欲に呑み込まれるか、距離を置くかで道は異なる、勿論、孔夫子の教えは後者にある」

 

#三行詩

 

○日曜日の夜、自宅

 

講談社芸術文庫、論語新釈を読み返している、不思議と日曜日の夜は寝付きが悪い」

 

「学而第一を読む、ため息をつく」

 

「小論語と呼ばれるだけはあり、孔夫子の教えの本質がここにある、とても重厚だ、省みれば、読む私のなんと軽いことか、ペラペラの学問しかない」

 

#三行詩

 

○月曜日の朝、通勤

 

子曰、先進於礼楽野人也、先進一

 

孔夫子はいわれた、昔の人は、礼楽に於いては(今と比べれば)野人の如くであろう。

 

「礼楽の本質は(今のような儀式化した礼楽ではなく)、実践を主とした(野人の如く)素朴な礼楽にあると、孔夫子は次に述べられる」

 

#論語

 

「孔夫子は先王の教えに心酔しているが、リアリストであることに変わりはない」

 

「時代を問わず良きものは良し、とする、何でもかんでも過去に帰れ、ではない」

 

「物ごとは自ら考える、決断する、実践する、責任を取る、付和雷同を嫌う、物ごとの真実を正しく捉えるのが孔夫子の教えだ」

 

#三行詩

 

○月曜日の朝、乗り換え

 

「今朝は、鼻が利き過ぎて困っている」

 

「改札口で止まる若者のきつい体臭、ホームに居たカメレオンそっくりの男性の香水」

 

「アルコール臭のする車内、風の流れで臭う両横に座っている人の体臭、やれやれ」

 

#三行詩

 

○火曜日の朝、通勤

 

後進於礼楽君子也、如用之、則吾従先進。先進一

 

今の礼楽は洗練されていて(例えるなら)君子の礼楽だ。しかし、これを用いるのであれば、私は昔の、先王からの教え、そのものが残る昔(野)の礼楽を選ぼう。

 

「孔夫子は物ごとにぶれない、礼楽も本質は先王の時代にある」

 

#論語

 

「礼節は大切ではあるが、美しい動作を誇るものではない」

 

「物ごとを尊ぶ心を表現したものが礼節だ」

 

尊い、と思う心があり、有り難い、感謝の気持が自然と出る、心から発してこその礼儀と節度だ」

 

#三行詩

 

○火曜日の夕方、通勤

 

「感情に左右されるとは、目的意識が気薄なのだ」

 

「その場しのぎでも良いときもある、しかし、少なくとも、そこは目的でも目標でもないのは明らかではないか」

 

「今一度、心の弓を引き絞るべし、本来の目的を思い返し、目標を刻む、省みる、行動すること」

 

#三行詩

 

○水曜日の朝、通勤

 

子曰、従我於陳蔡者、皆不及門者也、先進二

 

孔夫子はいわれた、かつて、陳や蔡、天下外遊にて供をしてくれた門弟たちも、今では(早逝したか、仕官して魯国を出たか)顔を見ることすら無くなったものだな。

 

「孔夫子、晩年の言葉と思われる、過去を思い返しておられる」

 

#論語

 

○木曜日の朝、通勤

 

徳行顔淵閔子騫冉伯牛仲弓、先進三

 

(諸国外遊に供をした門弟の中で)徳の実践に優れていたのは、顔淵・閔子騫冉伯牛・仲弓、

 

「後に孔門の十哲、と呼ばれるも、ここに曾子の名前がないのは謎だ」

 

#論語

 

○金曜日の朝、通勤

 

言語宰我子貢、政事冉有季路、文学子游子夏、先進三

 

(門弟の中で)言葉に秀でたのが宰我・子貢、政に優れたのが冉有・季路、経書に長じたのが子游・子夏であった。

 

「孔夫子は、徳行、弁舌、政治、文学の四項目で門弟の個性を評したことに注意すること」

 

#論語

 

「昼寝をして怒られた宰我と、何につけても孔門一に優秀な子貢が、同じ弁舌のグループだ」

 

宰我は、孔夫子の教えに批判的な面もあったとされるも、恐らくは優秀な人だったのだろう」

 

宰我と同じグループ分けされた子貢こそ、なんで宰我と一緒と思ったに違いない、それだけ子貢はずば抜けていた」

 

#三行詩

 

○金曜日の朝、乗り換え

 

「海外での駐在時、確かに日本人ばかりで群れる(生活する)集団はいる」

 

「私は何処でも常に一人で行動するので(ムラ社会に属さない)気にもしない」

 

「現地の友人たちや、同じ外れ者と楽しく過ごす、ムラ社会が日本人のMust Beとは思わない、一人でいいじゃん」

 

#三行詩

 

○金曜日の夜、自宅

 

論語、意訳二週目、郷党篇を終わった、楽をせず(自分なりに)時間をかけた」

 

「端的に事実が述べられている章だ、単調で(当時は)、且つ(今は)失われた物語が続く」

 

「単語一つも疎かには出来ない、一文字づつ紐解くと、孔夫子のご様子が生き生きと浮かび上がる」

 

#三行詩 #郷党篇②(3月中旬〜6月中旬)

 

論語を日本で読むとする、現代語訳、書き下し文、白文とある」

 

「やはり、難解ではあるが論語は白文からの意を求める方が、孔夫子の像がぶれないのではないか」

 

「少し北京語ができる、所詮は日常会話レベルではあるが、中国で暮らした経験はプラスになっているかも知れない」

 

#三行詩

 

「少なくとも白文からの書き下し文の段階で、既に訳者の意思は明快に現れている」

 

「なら、例えば古今の大学者である根本通明先生の書き下し文、一人を仰ぐ、これは正解だ」

 

「しかし、残念ながら、世の中、他にも偉大なる大学者の先生が多すぎる、後世の私たちは、最初から迷うのだ」

 

#三行詩

 

「故に、迷う前提条件下で学ぶのだ、数学とは程遠いし、且つ(数学的から)程遠いから面白いと思う人が学ぶのだ」

 

儒学は根本は先王の教えにある、ここはぶれない」

 

「しかし、例えば孔夫子を神格化する人もいる、或いは(何故か)孔夫子から帝王学を学ぶ人もいる、或いは自らの仁徳を広げ忠恕を実践する人もいる。ブログでは度々書いているが、論語とは文字で書かれた(人生という)楽譜なのだ。読む人の浅く・深くで解釈は変わる、また、そこが面白いのだと思う」

 

#三行詩

 

○土曜日の午後、ウオーキング

 

ビートルズ曲集を聴きながら森を歩いている」

 

「既に蒸し暑さに身体は負けている、コロナ禍、戦争、異常気象、次は宇宙人の登場だろうか」

 

「何か、この世界自体が試験管の中に在るような感覚すらする、不合理、非道、理不尽な世界に今日も(たぶん)生きている」

 

#三行詩

 

○土曜日の夜、自宅

 

「毎日、少しずつ論語の意訳をしている、周回して、次に他の四書に行くか迷うも、再び論語を選ぶ」

 

「二週目、先進篇第十一に入り、道がカラッと開けた感覚あり」

 

「やはり論語で良かった、論語は宇宙一と述べられた伊藤仁斎先生は正しい、三週目も視野に入れよう」

 

#三行詩

 

○土曜日の夜、自宅

 

「思いだ、今、生きている、どう思い、どう思いたいか」

 

「生きるとは、学ぶことだ、常に自らの仁徳を広げる」

 

「思いと、生きるを重ねてこその人生ではないか、そして、ユーモア(面白味)の感覚こそ人生で最も大切にすべきこと、だと思う」

 

#三行詩 

 

所感)

■つれづれ、独学、学問の道

才に長け、時代すら変えてしまう学問がある。

ぱっと思いつくのは南宋時代の朱熹(1130年〜1200年)だ。

儒教、仏教、道教を、儒学を軸に朱子学を構築したその才は、天才そのものだ。

文字通り、天才の所業故に、全てが朱子風に解釈され、四書五経が後世に残る。

 

学問を始めた頃は、当然ながら儒学とは四書五経であり、浅学非才ながらも挑む。

煌めくが如く、重層的、且つ形而上学的な世界観に魅せられる。

現在でも、論語の意訳と並行して三書の通読、筆写は継続している。

 

にも関わらず、最近、儒学儒学でも朱子学風的な世界観と、論語(一冊)の世界観とが異なるように思えて仕方がない。

朱子学形而上学的な理論構築された世界は素晴らしい。

しかし、論語、孔夫子の教えは日常生活での忠恕の実践だ。

形而上学的な何かは、敬いはするがと遠く置く。意味不明、理解らない存在は、理解らないで良い。

世界は存在として認知し、日常生活で良く(忠恕)生きる(実践)ことが孔夫子の教えだ。

 

こう考えたほうが、学問がすっきりする。

孟子は大好きだが、(論語と比べると)言葉が多すぎるし、言葉が大きすぎると感じてしまう。

以前は、私は孟子原理主義者であると述べたが、論語と毎日接している(学ぶ、実践する、省みる、改める)と、それすら言葉が浮いている気がする。

 

学問の進歩ではなかろう、天才朱子朱子学から心が離れている、著しい後退だ。

しかし、自ら考えた学問の積み重ねには違いない。

私は(方向は間違っているとしても)愚直にこの道を進もうと思う。

間違いに気づけば、そこからまた戻れば良いさ。

 

論語を軸に、春秋左氏伝、礼記書経、(詩経)、(易経)を中心に学んでいく。

礼記明治書院版を通読のみ、毎夜、書経平凡社の現代語訳)の通読を行っている。

春秋左氏伝は、幾冊か出版社違いで集めてはいるが、通読しても続かない。

及び、最近、楚辞を手に入れた。

三行詩 第百三十六章(郷党第十②)

f:id:aristotles200:20240608183820j:image

○日曜日の朝、6月2日、ウオーキング

 

子見斉衰者、雖狎必変、郷党篇二十一

 

喪服を着た人を見れば、たとえどんなに親しき仲でも顔色を改めて慎まれた。

 

「死は万人に訪れる、避けがたい、故にその存在に怖れ、慎む。人の範疇を越えた鬼神に接するが如く、死の事実は事実で受け入れる、哀悼の意を示すも深入りはしない。孔夫子の教えは生者の為にあり、死者(ご先祖)には(祭祀で)畏敬と感謝を心から捧げる、のみで良い、と思う」

 

#論語

 

○日曜日の朝、森

 

「子、食欲に開花せり」

 

「弁当や牛丼は一つでは足らない、食後は菓子パンを、お菓子を口にする」

 

「料理好き故に、独り台所に立ち、妖しき匂いのするナニカをつくる、食べる、冷蔵庫がほぼ空に、実はナイアーラトテップの類いではなかろうか」

 

#三行詩 #妖神グルメ

 

○日曜日の夕方、ウオーキング

 

「Chicago、Hard to Say I'm Sorryを聴きながら森を歩いている」

 

「超ド田舎の中学生にとって夕方5時からのサンテレ、洋楽番組は世界への扉だった」

 

「当時買ったレコードがChicagoのこのアルバム、四十年の歳月を経て、アマプラMでも聴いている」

 

#三行詩

 

「五十三を越えてから、過去が現在と一つになる感覚に陥っている」

 

「半世紀の積み重ねが一つの個性を完成させたか、或いは新しい挑戦に疲れた老化現象か」

 

「どちらにしろ、過去を振り返るのも中々楽しい、当時の音楽や本は、鮮明に過去の記憶を呼び起こす」

 

#三行詩

 

○月曜日の朝、通勤

 

見冕者与瞽者、雖褻必以貌、郷党篇二十一

 

位冠をつけた人や目の見えない人に出会うと、その関係の親しきを問わず、礼法に則り、形を改められた。

 

「形を改めるとは、姿勢を正し、礼儀正しくお辞儀をする、周囲に凛とした気が流れること」

 

#論語

 

「礼とは規律である、ともいえる」

 

「規律正しき組織とは美しい、ましてや衣冠高き高官や(盲目の)医官を前にして、背筋が伸びるのは当たり前のことだ」

 

「組織とは仲間ごっこではない、規律正しく、本来の目的に向かって行動する集団だ、(高官である)孔夫子は身を以って示されたのだ」

 

#三行詩

 

○火曜日の朝、通勤

 

凶服者式之、式負版者、郷党篇二十一

 

車上で喪服を着た人に会えば、横木に手をかけて頭を下げられ、戸籍簿を持った役人に会っても車の横木に手をかけて頭を下げられた。

 

「時と場所、場合に応じた敬い方、礼式があることと、戸籍簿も当時は敬うべき対象であったのだろう」

 

#論語

 

「現代でも、ひと昔前は道に霊柩車が通ったときは頭を下げる風習があったと記憶にある」

 

「弔うということが如何に特別なことであるか、古代中国も現代日本も変わらない」

 

「戸籍簿は、おそらく国の象徴、的な意味合いで敬わられていたのではないか、現代では市役所の車に、少なくとも頭は下げない」

 

#三行詩

 

○火曜日の朝、一休み

 

「今年は半藤一利さんの本を集めて読んでいる」

 

「艦長は艦と運命をともに沈むべし、とは『暗黒の時代』からの話しらしい」

 

「発言した人は、戦後も長生きした、半藤さんは憤っている」

 

#三行詩

 

ノモンハン事件から第二次世界大戦までの日本史を、司馬遼太郎さんは『暗黒の時代』と呼んだ」

 

「半藤さんはいう、自分で決断する、責任を取るリーダーが、当時、何人いたのだろうか、組織という得体の知れぬ意思決定に従うだけがリーダーではない」

 

半藤一利さんの本は面白い、戦後、生き残った当事者に直に会って取材している、文章に重みがある、取敢えずは書店・古書店で見かければ未読の本は購入することにしている」

 

#三行詩

 

「戦後七十七年、戦後は未だ終わってはいない」

 

「当事者の責を問うとは別に、『暗黒の時代』の歴史学的検証とその共有、伝承は必須事項だ」

 

「人の功罪、多々あれども『時代のうねり』そのものを検証、二度と再発させない取り組みが恒に行われてこそ、戦後の終わりかも知れない」

 

#三行詩

 

○水曜日の朝、通勤

 

有盛饌必変色而作、郷党篇二十一

 

たくさんの御馳走を用意されたときには、驚きのあまりに立ち上がる動作と、主人へ感謝のお礼を述べること。

 

「いつの時代でも人は食べることに関心がある、生きるとは食べることであるし、美味しいとは、良く生きることなのだろう」

 

#論語

 

「驚くという動作が、ご馳走を前にして必ずしも行わなければならない礼法なのだろうか」

 

「本来の礼法とは先王(堯帝・舜帝)の時代の普通であり、物ごとに対する気持ちを表したものだ」

 

「要は、物ごとを尊ぶという心、姿勢が重要なのだ、別に毎回驚く必要はない、T.P.Oに正しければ良い」

 

#三行詩

 

○木曜日の朝、通勤

 

迅雷風烈必変。郷党篇二十一

 

雷鳴響き、暴風吹き荒れる日には、顔色を変えて居住まいを正しくされた。

 

「自然、天には敬意を払われ、山、川の鬼神を敬うも、自らとは遠くし、怪奇現象や不可思議な出来事に関心を払われることは無かった」

 

#論語

 

「雷鳴や暴風を前にしても心が乱れない、何故なら、自らの命は天命であると知っているからだ(敬うも恐れない、天命を信じ、自らを信じ、如何なる現実も受け入れる覚悟がある)」

 

「毀誉褒貶、運不運、生まれてきた時代、自らの範疇を越える事象に悩む、苦悩しても無駄なのだ」

 

「しかし、雷鳴や暴風の前では、恐れ慎む動作を行う、何故なら天に敬意を示すことが、この場合の礼(物ごとを尊ぶこと)であるからだ、リアリストでありながらも時代の中庸から逸れることはない」

 

#三行詩

 

○金曜日の朝、通勤

 

升車、必正立執綏、郷党篇二十二

 

車に乗られるときには、肩幅に足を広げ真っ直ぐに立ち、つり革を両手で軽く握られた。

 

「2m16㎝と伝えられる孔夫子の長身だ、さぞかし車上に立つお姿が似合われたと思う、当時、車は貴族や大夫(大臣)しか乗れぬ特別な持ち物であった」

 

#論語

 

「弟子の子路が、いつかは高価な毛皮を羽織り、車に乗りたい(友人たちにも自由に使わせたい)といった、あの車だ」

 

「現代の感覚なら、ギーヴス&ホークスのオーダー・スーツを着て、ロールス・ロイスPHANTOM Series IIの後部座席に乗っているようなものか」

 

「腕時計はパテック・フィリップのカラトラバ Ref.5119 、靴はジョン・ロブあたりで、現代人の格好をしても、孔夫子ならさぞかし似合われると思う」

 

#三行詩

 

「もちろん、孔夫子はその様な品を積極的に求めない、欲もない(礼に正しければ求める)、しかし自然と揃っている」

 

「大金持ちである弟子の子貢とかが、普通に用意してそうな気がする」

 

子路は大喜びするだろう、師匠の晴れ姿を見て、嬉しさのあまり涙するかも知れない、子路は快男児であり、私利私欲も少ない、要は、師弟、ともに、いい男なのだ」

 

#三行詩

 

○金曜日の夜、自宅

 

「ジャック・ルーシュのプレイ・バッハを聴きながら、ちくま文庫中島敦全集3を読んでいる」

 

ハイボールをちびちび、素敵な時間だ」

 

「亡父はこの曲集が大好きで、少年の頃から車内ではこの曲がエンドレスで流れていた、車窓から見た夜景の記憶と共に、今でもたまに聴く」

 

#三行詩

 

「よく父は、助手席に少年の頃の私を乗せてドライブに行くのを好んだ」

 

「道中は常に無言(会話した記憶がほぼない)、ソアラの皮シートの匂いと、エンドレスで流れるプレイ・バッハ」

 

「そのころ父は父なりに人生を悩んでいたのだろうと思う、直ぐに車酔いする私にとっては、あまり心地よいものではなかったが、無言で共に居た時間、匂い、音は、はっきりと記憶に残っている」

 

#三行詩

 

「今は父の立場にいる、私は無言が多いが、子はよく喋る、森で共に散歩する時には色々なことを話してくれる」

 

「大人の結論を一言で話すことは容易い」

 

「しかし、私は言葉少なく相槌を打つことしかしない、亡父とも(言葉無くとも)そんな時間を過ごしていたのだと、思い返しながら歩いている」

 

#三行詩

 

所感)

■学問の道

論語の変化が面白い。日本語、現代語訳された無数の論語の数々。

大学教授から教師、在野の研究者からアマチュア、タレントやブロガー、そして過去から現在、無数といっても良いくらいの論語の現代語訳が存在する。

 

初学の頃は、トンデモ論語に腹が立った。

しかし、Twitter(X)のフォロワーさんの縁で、根本通明先生の論語講義に出会える機会を得た。

学問とは、学び、実践し、省みて、また学ぶ。

 

今は、自分の中で軸となる孔夫子が存在する。

 

論語は鏡なのだ。学問の積み重ねは如実に解釈に現れる。浅ければ浅く、深ければ深い。

軸を得た、学んだ今、トンデモ論語でも論語に変わりはないと気付く。

初学で出会う論語も、50年学んだあとの論語も、孔夫子は同じことを語られるのだ。

 

論語の本質は、人の進化にある。

人の本質は、学ぶ私たち次第にある。

故に、論語は常に私たちを磨く鏡なのだ。

三行詩 第百三十五章(郷党第十②)

f:id:aristotles200:20240601161407j:image

○月曜日の朝、5月27日、通勤

 

君命召、不俟駕行矣。郷党篇十七

 

君主からの召し出しがあれば、(重臣として)早急に宮殿に趣く為、馬車に馬をつなぐ時間すら惜しんで歩き出された。

 

「比喩的表現であり、例えば浴衣や普段服でも着替えずに宮殿に赴く、訳では無い、重臣としての心掛けを述べられた」

 

#論語

 

「或いは孔夫子ほどの人である、君主から危急の召し出しがあるような政治状況のなかでは、自宅に居ても直ぐに飛び出せる準備はされてる、その上で馬車も待たず、歩き出されたのだ」

 

「風雲、下克上の時代を感じさせられる句でもある」

 

「また、孔夫子は先王(堯帝・舜帝)の教えに忠実足らんと一生を過ごされた方だ、周王朝に思い入れもあり、祖国でもある周公旦を初代とする魯の国が陪臣に乗っ取ろうとする惨状に深く憂いを抱かれている、故に馬車も待たずに宮殿に向かわれたのだ、とも解釈出来る」

 

#三行詩

 

○月曜日の朝、乗り換え

 

「電車で座る、横に座る人あり、酒臭い息で手を抑えず咳をし、こちらに足を組む」

 

「繰り返し咳、嚔、酒臭い、泥の着いた靴がズボンに当たりそうだ」

 

「通勤電車ルールその1、睨まず速やかに席を離れること、選択肢がある不愉快な事象、人の相手はしないこと」

 

#三行詩

 

○火曜日の朝、通勤

 

入大廟、毎事問。郷党篇十八

 

宮殿の宗廟(周公旦を始め、歴代の魯の君主が祀られている)に参拝されるときは、側に控えている礼法専任の役人に一つ一つ作法を確認された。

 

「宮殿にある宗廟での作法は、側に控える役人に問うのが、この場合の礼法であるからだ」

 

#論語

 

「時と場合、場所に合致することが礼の眼目であり、あまたの礼法に精通することは手段に過ぎない」

 

「目的は、君主の宗廟に礼法正しく参拝することにある、自らの礼法の知識を誇ることではない」

 

儒家のいう君子とはマーベル映画のスーパーマンである必要はない、天下を泰平にする為、中庸をもって自らの善を世界に及ぼすのだ。易経・繋辞上伝第五にある『一陰一陽これを道という。之を継ぐものは善なり』と」

 

#三行詩

 

○水曜日の朝、通勤

 

朋友死無所帰、曰、於我殯、郷党篇十九

 

友人が亡くなる。身寄りの者がおらず、誰も葬儀をしようとしない。孔夫子はいわれた、私のところで殯 (かりもがり)をしよう。

 

「(亡くなった)友人との縁を大切にし、その為なら葬儀の費用など惜しまない、孔夫子らしいと思う」

 

#論語

 

○水曜日の朝、電車内

 

「席が空いていた、座る、正面に酷い風邪らしき人あり、咳、嚔の嵐」

 

「なるほど、そこそこ混んでいる車内で空いたままの席は、何かある」

 

「凄い咳と鼻水だ、永遠と思う位に止まらない、相対性理論は通勤時でも経験出来得るということか」

 

#三行詩

 

○木曜日の朝、通勤

 

朋友之饋、雖車馬、非祭肉、不拝。郷党篇十九

 

友からの贈り物を受け取るとき、馬や馬車のような高価なものでも、友の祖先を祀る祭祀で用いた肉以外は、拝礼することはない。

 

「この場合の主は祭祀にあり、拝礼という動作は、それだけ宗教的尊厳に基づいた動作であると思われる。もちろん、高価な馬車や馬を頂いたときに礼をしない訳ではなく、それ相応の礼を行うのは当たり前のことだ」

 

#論語

 

「祭祀、鬼神、先祖、生け贄、生肉、炎、洞窟」

 

「単語を並べるだけでも、六万年前の原始人類が浮かび上がる」

 

「ラスコー洞窟、アルタミラ洞窟、コスケール洞窟、等々の洞窟壁画、これも現代への連なりなのだ」

 

#三行詩

 

○金曜日の朝、通勤

 

寝不尸、居不容。郷党篇二十

 

眠っていても無様な姿になられることはない。自宅では不必要に居を正すことはせず、落ち着いていて穏やかな様子であられた。

 

「孔夫子の人となり、日常生活でのご様子が伝わってくる」

 

#論語

 

「この句、孔夫子は日常でも中庸を体現された、聖人故に、と解釈する識者もいる」

 

「そこはそこ、寝ているときまで聖人崇拝の対象とするのでは、もはやその視点そのものが中庸から遠いと思う」

 

「中庸という超人行動はない、故に中庸なのだ、孔夫子はまず人間であり、次に聖人なのだと思う」

 

#三行詩

 

○金曜日の朝、電車内

 

「ほぼ満員電車の中を、進行方向逆に乗客を押しのけて進む人あり」

 

「もはや何かに取り憑かれている、ドンと押された」

 

「マッソスポラ菌に感染したゾンビセミは感染者を増やすべく接触を繰り返す、何か、車内では人を押し退けて移動せねばならぬ気がしてきた」

 

#三行詩

 

○金曜日の夜、自宅

 

「アマプラVでザ・ロック放映、映画館で1996年に観て、今も観ている」

 

「音楽良し、ストーリー良し、脇役にS・コネリー、E・ハリス、良き時代の映画だ」

 

「主役のN・ケージの最高傑作だと思う、私生活では8億5千万円の借金とか、破天荒なれど面白い人物なのだろう」

 

#三行詩

 

「映画、ザ・ロックに出てくるショーン・コネリー演じる元スパイのような老人になりたい、と、1996年の私は思った」

 

「しかし、自分が老いる、ということリアルに実感しだした今日このごろ」

 

「映画の登場人物にはなれない、積み重ねだ、その人の本質は(何をどうしようが)変わらない、変わらないことに人間の本質、面白味がある、と2024年の私は思う」

 

#三行詩

 

所感)

■つれづれ、論語、学問の根っこ

学問の道とは、天下泰平、苦しむ民を救うため、学問に励んで自らの仁徳を広げ、周囲に仁徳を及ぼすことだ。君子に仕え、仁政により天下を泰平にすることだ。

ならば仁者とは、終生学び続け、他人を救うことを第一とし、あたかも修験僧のような生き方をせねばならぬのだろうか。

 

孔夫子の教えの根本である仁、忠恕、自らを誠にして人を思いやるとは、或いは義、自らの悪を憎むとは、儒教的な修行僧になることを強いるような一種の側面はある、ここは否定は出来ない。

しかし、仏教とは違う。視点(目的)はあくまで現世、今、見える目の前にある。

 

自らの内面を幸せに出来ず、他人を幸せにすることなど出来るものだろうか。

 

論語を学ぶとは、人の内面を幸せにする、孔夫子の善徳を学び、まず、自らを幸せとせねばならない。

論語をお経のよう奉り、儒学を学ぶ後人には指導と称して罵詈雑言をいう、自ら儒学の先達と称する人たちは、果たしてその内面は幸せなのだろうか。

 

論語は、日常生活における仁徳の実践を学ぶ書だ。学ぶ、考える、実践する、省みる。

これを繰り返し、自らの内面を磨き、善に至らせる為の書だ。

私利私欲の小人である自らを自覚し、父母から受けた慈愛を徳の根本とし、この慈愛を家族に広げ、友人に広げ、地域に広げる。

善を行う、広げることが楽しくて仕方がない。

暗い私利私欲の情念から離れ、内面は幸せで満たされる。

 

いわば、論語の根っこのところが、抜け落ちた、ある種(書店で並んでは消えていく類い)の啓蒙本として捉えている人が多いように昨今思う。

論語の中核を学ばず、理解せず、道徳奨励、立身出世、自己啓発、啓蒙活動をいくら邁進しようが、流行歌の類いと変わらない。

 

心が、内面からポカポカと暖かくなる、孔夫子の仁に包まれている感覚こそ、論語を学ぶ醍醐味だ。

言葉を追う(実践なき脳内作業)だけではここに至らない。

論語を読む(学ぶ)、考える、日常生活で実践する、省みる、再び論語を読む(学ぶ)、繰り返す。

1年、3年、・・年、日常生活で、生きた孔夫子の世界が広がってくる。

ここが楽しい。別に超人、見え透いた君子行動、他人のための善人になる必要はない、日常生活は変わらない、ただ内面は変わる、視点が変わる、判断が変わる、自己肯定感、自分らしき思い、行い、人生に面白味を感じるようになる、と思う。

 

■つれづれ、論語、日本人の根っこ

論語が嫌い、という人がいる。

戦前、戦中の道徳教育、その結果とを併せ持って、戦後、確かに論語は廃れた。

その当時を経験した人にとっては、戦禍と同類視する存在であり、民主主義こそ新しき思想だとする、これは理解出来る。

祖父が戦争に行き、シベリアで2年間抑留されていたと、伯父から初めて聴いたのは父の一周忌の会食の時だ。

戦禍を体験した人にとって、あの時代の教育に良い印象がないのは当然のことだ。

 

しかし、論語が日本に伝わったのは西暦513年、そして、西暦604年には、聖徳太子が十七条憲法の冒頭にこう掲げている。

 

夏四月丙寅朔戊辰、皇太子親肇作憲法十七條。

一曰、以和爲貴、無忤爲宗。人皆有黨。亦少達者。以是、或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦、諧於論事、則事理自通。何事不成。

 

『おたがいの心が和らいで協力することが貴いのであって、むやみに反抗することのないようにせよ。それが根本的態度でなければならぬ。ところが人にはそれぞれ党派心があり、大局をみとおしているものは少ない。だから主君や父に従わず、あるいは近隣の人びとと争いを起こすようになる。しかしながら、人びとが上も下も和らぎ睦まじく話し合いができるならば、ことがらは道理にかない、何ごとも成しとげられないことはない。』(ウィキペディア参照)

 

冒頭の『一曰、以和爲貴』、和をもって尊しとなす、とは、論語、学而第一の言葉だ。

この十七条憲法第一の現代語訳を繰り返し読むと、孔夫子の教えと近似していることは明らかではないか。

 

 

有子曰、礼之用和為貴、先王之道斯為美、小大由之、有所不行、知和而和、不以礼節之、亦不可行也。学而十二 論語

 

有子はいう、礼とは和を以て貴いとする。堯帝・舜帝が定められた礼とは何と美しいことであろうか。しかし、小も大も礼に過ぎるのは良くない。和を以て和を知るようでは礼から外れてしまう。礼の本質とは尊ぶことであり規範・規律を守る、守らせることでもある。和のみでは物ごとは上手く行かないものだ。

 

「礼の本質とは尊ぶことにあり、規律・規範を守る、守らせるからこそ礼は和となる。何を尊ぶのか、例えば祭祀に於いては目の前の台や器、飾り物ではない、先祖代々の連なりを理解し、今の自分があるのは父、祖父、曽祖父・・等のおかげであると感謝する、自分の内にある連なりを尊ぶのだ」

※四端録 三行詩第百四章(学而第一②)

 

聖徳太子論語の影響を強く受けている。西暦600年代の日本人の道徳観は、既に論語の影響を強く受けている。

歴史を省みれば、最初に論語が伝わり、仏教の影響を受け、日本古来の神話と三つ巴になった思想が日本人の根っこであるのは事実だ。

この事実は、司馬遼太郎のいう、戦前から戦後まで(ノモンハンから第二次世界大戦まで)の暗黒の時代を以てしても、消え去ることはない。

 

戦禍の反省と戦争を繰り返さない誓いは、論語の、孔夫子の教えと反目しない。

戦争を絶対悪とし、人が人を殺めることを否定する。

孔夫子の教えが日本人の根っこにあることは、大戦後に価値観がひっくり返っても変わらないのだ。

 

むしろ、変わったのは、自国の歴史を学ぶ、省みる、民族としての連なりを否定する、戦後からの一部の人たち、及びその人たちが行った教育の結果ではないかと思う。

戦禍を省みることは正しい、しかし省みることが過ぎてしまい、原爆を落とされながら落とした国にその罪を問うことはなく、いま現在自国の領空内、何処であろうと最優先に飛ぶ(飛行する権利を有する)外国の軍用機(爆撃機攻撃機、戦闘ヘリ)に違和感すら抱けない。

 

つまるところ、「暗黒の時代」以前の自国の歴史からも目を背けてしまった。

日本人としての連なり、アイデンティティが薄くなる一方に思える、思わざるを得ない今日この頃。

これも、一国の戦禍といえるかも知れない。

戦後77年、未だ戦後は終わってはいない。

三行詩 第百三十四章(郷党第十②)

f:id:aristotles200:20240524201044j:image

○日曜日の午後、ウオーキング

 

康子饋薬、拝而受之、曰、丘未達、不敢嘗。郷党篇十二

 

魯の国の大夫である季康子、病の孔夫子に薬を贈り、孔夫子、病中拝礼してこれを受け取る。のち孔夫子はいわれた、この薬が今の病気に効くかどうか私は知識がない、よって服用は止めておこう。

 

「礼儀には節度が伴わねばならない。礼(尊ぶ思い)には礼(思いを尊ぶ)でお応えする。そこから、どう行動するかは現実的、且つ論理的判断をせねばならない。

そして節度、中庸をもって行うのだ。孔夫子の教えとは、あくまで日常生活に於いての実践にある」

 

#論語

 

○日曜日の午後、森

 

「礼節を知るとは、社会的自由を得ることだ、主は最初に礼儀にあり、次に節度へと移る」

 

付和雷同ではない、勠力協心へと自らの判断で行う」

 

「礼儀で止まれば息苦しくもなる、節度で自らの意思を中庸の内で行う、自らを開放する」

 

#三行詩

 

「別に、難解な宮廷作法に精通する必要もない(必要があればするが)」

 

「根本のところから述べれば、野人でも礼節は行える」

 

「正しい心で物ごとを敬い、その敬いの心で行動する。かの舜帝は親から捨てられ山野にて生き、善いこと好む行う人だった、それは仁であり、礼節を知ることだ」

 

#三行詩

 

「勿論、私利私欲、人を思いやることない野人は野獣と変わらない(昨今、多い気がする)」

 

「人のあるべき本質とは、忠恕、自らを誠にし、人を思いやることに他ならない」

 

「いきなり忠恕には達しない、父母からの慈愛が根本にあり、行いは礼へ、思いは義へ、正しきを智る、仁徳へと至るのだ」

 

#三行詩

 

○月曜日の朝、通勤

 

厩焚、子退朝曰、傷人乎、不問馬。郷党篇十三

 

馬屋が焼け落ちたとの連絡を受け、朝廷から急ぎ戻られた孔夫子はいわれた、家人や門人に怪我はないか。そして馬のことを問われることは無かった。

 

「当時、馬はとても高価な財産であったが、そのことは問われない。孔夫子のお人柄が伝わってくる」

 

#論語

 

○月曜日の朝、乗り換え

 

「両手をポケットに入れて歩く人がいる、階段もだ」

 

「毎日酒を呑み過ぎる人もいる、咳をしながら煙草を好む人もいる、生活費を博打に注ぎ込む人もいる」

 

「全ての事象には原因と結果があり、太陽系ですら消える。何を好むか、生き物であれば進化の淘汰。人生は選択の連続であり、事象の地平線は宇宙だけではない。人の運命も一寸先は闇、予想出来得るリスクは避けねばならないが、所詮は人の選択枝など大きな流れには抗えぬ、つまり結局は南無阿弥陀仏か」

 

#三行詩

 

○月曜日の夜、自宅

 

「フライパンに米油、強火、豚肉バラ、塩胡椒少し、焼く」

 

「茄子、人参、玉ねぎを一口サイズ、アスパラガスは半分に切り、焼く」

 

「最後に中華麺四玉、塩胡椒少し、焼く、完成、焼き肉のタレを皿に、タレを付けて食べる、脳筋料理ではあるが美味し、妻と子も喜ぶ」

 

#三行詩

 

○火曜日の朝、通勤

 

「電車が遅れるときは、来たら取敢えず乗る、最近(先週〜)、よく遅れる」

 

「この時間帯に車内がガラ空きとは珍しい」

 

「3本ほど早く乗っているので遅延なら問題なし、新年度、GW明け、お盆開け、月曜日、だいたい遅れる」

 

#三行詩

 

○水曜日の朝、通勤

 

君賜食、必正席先嘗之、君賜腥、必熟而薦之、君賜生、必畜之。郷党篇十四

 

君主から食べ物を賜ったときには必ず席を正しくして食べる、君主から生肉を賜ったのであれば煮てから宗廟に捧げる、君主から家畜を賜ったときには生きたまま飼うこと。

 

「君主からの賜りものを家でどの様に扱うかを述べている。特徴として祭祀が絡むことであろうか。政治と宗教が密接に絡み合うのは過去、現代も変わらない。

宗廟での祭祀の対象は主にご先祖であり、縦の連なりを重んじる姿勢は、個、アイデンティティの成立過程に於いて重要事項でもあるとも改めて思う」

 

#論語

 

「私は無宗教者ではあるが、靖国神社への参拝は欠かしたことはないし、神仏を尊び敬うことは当たり前のことだと思っている」

 

無宗教も一つの宗教ではないかと思わないでもないが、真剣にそれを主張する人たち、宗教の有る、無い、双方の人たちにとっては暴論かも知れない」

 

「東洋思想、儒学を学ぶ一人として、宗教が生活と直結していた時代の感覚は必須であり、幸いなことに日本に残る風習は儒学の影響を強く受けており、日本人にとって儒学は学びやすい学問ではないかとも思う。

しかし、宗教、信仰を持ち得るかといえば、少なくとも私は持ち得ていない。

特に、信仰という感覚が掴めない以前、聖書を繰り返し読み、プロテスタント系の教会に行って牧師さんに質問を繰り返したことがあるが、終に信仰は持ち得なかった。

神仏を敬い尊ぶ気持ちはあっても、信仰がない以上、私は無宗教だと言うしかない。しかしながら、歎異抄に感動し、一遍上人全集を日々読み返す自分もいる。

亡父の遺影には般若心経を唱えるし、毎朝、語りかけている。つまるところ、神仏やご先祖様、亡くなった肉親を敬い尊ぶ気持ちは、宗教がある人と変わらないのだ。

故に、この国において宗教の有る無しを一つの区分けとすることは必ずしも正解ではない。人間から人間が生まれてくる限り、国の神仏や歴史、ご先祖を敬い、尊ぶことは、この国に生きる人として当たり前のことなのだ。

無宗教という選択は、この前提の上にある」

 

#三行詩

 

○水曜日の午後、昼休み

 

「この国の美的感覚の根底には、物ごとのあり様を尊ぶ、という東洋の思想が流れている」

 

「今、ここが尊い尊いを美しきとする」

 

儒学、仏教、神道の影響か、美しさとは自ら発せねばならない、所作、礼儀、武道、死生観、歴史、全てが積み重ねと連なりだ、今、ここ」

 

#三行詩

 

○木曜日の朝、通勤

 

侍食於君、君祭先飯。郷党篇十五

 

君主と食事をするときは、君主が食前の祭祀を行い、その後に食事に毒が入っていないことを証す為、毒味をすること。

 

「時は春秋戦国時代、下克上の世の中故に、君主との食事の場合、当時は毒味することが一種のマナーであったと思われる」

 

#論語

 

「毒とは独特の魅力がある、アルコールや煙草を人が嗜好品とする理屈はよく分かる」

 

「毒と薬は紙一重であり、用いる人の思惑で変わるのは、毒も人も変わらない」

 

「そして、毒にも薬にもなれない(私のような)モブキャラもいるのが世の中だ、本文の通り、毒味くらいなら出来るかも知れないが、恐らくは逃げると思う。街の門前でここは○○だ、と勇者パーティに教えるくらいが楽で良い、毒にも薬にもならない生き方も良いものだ」

 

#三行詩

 

○木曜日の朝、一休み

 

「毒にも薬にもなれない人は仕事が出来ない、誤解だ、よく出来る人が多い」

 

「そもそも仕事とは、出来て当たり前であり、そこからの+aに面白さ、醍醐味がある」

 

「工夫を積み重ねるのに毒か薬に傾くと中庸を欠く、仕事の個性とは無個性から目的に合せて変えるものだ」

 

#三行詩

 

「お客様視点を欠いて、自ら流れを生み出す毒、薬、いや強者もいるが、普通の人はああは成れない、なる必要もない」

 

「前職はブラックで、一騎当千多能工化社員、イエスマンしか生き残れない、毒には毒になるしか居場所がない世界だ」

 

「ホワイトに転職し、思う、普通の人で良い、普通に仕事をすれば良い、なんて天国なんだと、サビ残月80〜100時間の経験者にとって、定時退社は輝く世界であり、家族と一緒に居れる時間とは素晴らしいものだ、なら仕事も頑張る気になる、御礼でどんどん改善していこう、スキルも経験もたっぷり有る」

 

#三行詩

 

「勿論、ブラックを全否定はしない、就職氷河期に高学歴でもなく、イケメン高身長でもない私を拾ってくれたことは恩だ、終生、感謝の気持ちは忘れない」

 

「でなければ、私たちの世代に多くいる高齢者ニートは人ごとではない、皆、そうなる可能性があったと思う、一部のエリートを除いてだ」

 

「新卒者を社会人として一人前に育てるとは、企業側にとって育成に必要な費用を負担するということだ、教育と経験を積ませ資格を取らせる、社会人として一人前にする、大変なコストだ」

 

#三行詩

 

○木曜日の夕方、通勤

 

「モウシワケゴザイマセン、理不尽ではあるが、これも仕事だ、攻略本片手に解ける類いではない」

 

「コンチクショウ、と腹は煮えくるも笑顔で対応、これも仕事だ」

 

「イマニミテイロ、理不尽な仕組みごと変えてやる、と、虎視眈々と改善策を練る、これこそ仕事だ」

 

#三行詩

 

○金曜日の朝、通勤

 

疾君視之、東首加朝服、施紳。郷党篇十六

 

病中、君主がお見舞いに来られたときは、東枕にして礼服を布団の上から掛け、その上から広帯を横に置くこと。

 

「君主から見舞いを受ける際の礼儀作法であり、何故、東枕なのかは風水の情報が多く、今ひとつはっきりしない」

 

#論語

 

「人は立っては寝れない、従って何らかの方向に頭を向けて寝るのだ」

 

「これが君主の居城の方向とか、具体的な位置関係であれば理解できる」

 

「漫然と東だ、では困る、太陽が昇る方向、クラスの壮大な話しなのだろうか」

 

#三行詩

 

「死者を北枕にする風習は、仏教の影響らしい」

 

儒教ならば、仮に周王朝由来とすればBC1100年前から君主が病中見舞いにくると東枕にしたこととなる」

 

「枕、という道具自体も興味深い、原始人は枕を使用したのか、人類と枕の関係、枕の歴史、未来の枕とはどう進化するのだろう」

 

#三行詩

 

「そもそも、人体の構造上、枕という道具は必須なのか(無くても私は眠れる、、、)」

 

「防具、かも知れない、物理的には地面の凹凸から頭部を守り、精神的には枕とは一種、社会的ステータスであったかも知れない」

 

「枕は北京語でも枕だ、ラテン語ではpulvinus、英語ではpillow、語源ではどうか」

 

#三行詩

 

ヘブライ語ではכרית、フランス語ではoreiller、アラビア語ではوسادة」

 

「少なくとも漢字には何らかの意味がある」

 

「漢字ペディアには枕は、『形声木と、音符冘(イム)→(シム)とから成る』とある」

 

#三行詩

 

○金曜日の夜、自宅

 

「中三の子、修学旅行より今、帰宅する」

 

「さっそく怪談体験を語りだす、アトピー、なんとか乗り越えたらしい」

 

「首の掻き壊しは痛々しくも、元気だ、良かった」

 

#三行詩

 

○土曜日の午後、ウオーキング

 

「ハッバ、オルガン曲集を聴きながら、快晴やや風が吹く森を歩いている」

 

「穏やかな時間を過ごす」

 

孟子を持ってきた、木陰にあるベンチに座り、大好きな本を読む、風が心地よい」

 

#三行詩

f:id:aristotles200:20240525161132j:image

 

「人とは欲求にしがみつく生き物であるが、その思い強くして手放すその時を逸している気がする」

 

「良く歳を取ることが大切だ」

 

「年齢不相応の行いほど恥なことはない、良く生きるとは年齢に合った思い行いが出来る、今を肯定することにある」

 

#三行詩

f:id:aristotles200:20240525163643j:image

 

○土曜日の夜、自宅

 

書経明治書院版が高騰して二万越えの今日此頃」

 

平凡社版の書経、良書なり、且つ(今は)安価」

 

「かの赤塚忠先生の訳にハズレ無し、現代語訳のみなれど、訳注は充実、夢中で読んでいる」

 

#三行詩

中国古典文学大系〈1巻〉書経易経(抄) (1972年)

 

所感)

■子、修学旅行から帰宅する

着々と親離れが進行している。

四足から二本足で歩きだし、お気に入りのブランコに一人で初めて乗れるようになった時。

アンパンマン大好きで、TSUTAYAでDVDをかりて度々一緒に観ていた時。

きかんしゃトーマス仮面ライダーウルトラマン、ナントカレンジャーと興味は変わりつつも、ともにTVを観た時。

抱っこ、大好きで、家でも外でも、だっこ、だっこしていた時。

怖がっていた公園の滑り台を一人で降りれるようになった時。

大きなランドセルを背負い、道を蛇行しながら保育園のお友達と小学校の入学式に向かう緊張した顔と、無事、笑顔で帰宅した時。

 

印象に残る出来事がある。

子が小5の時、近くの大グラウンドで自転車の練習をする。

子の自転車がコケないように後ろから支えながら走る父。

来たるべきその瞬間、子は自転車を漕ぎ出し始めた、広いグラウンドを自由に走り回っている。

その時、心地よい風が吹き抜けた。

子の世界が一つ広がり、父と子の縁が一つ薄くなるのを自覚する。

 

子が小6の時までは、週末日課ウオーキングは手を繋いで散歩していたが、中1からは100cmから300cmの間隔が生まれ、先に歩くようになる。

中学で子はラグビー部に入部する。さっそくラグビーボールを購入して日曜日は子に教えてもらいつつ、練習相手を頑張る、中1の夏にはもはや、父は練習に追いつけない。

ラグビーの練習のあとは大グラウンドの真ん中で、親子二人、形意拳の開式、三体式、壁拳の練習を繰り返す。日は暮れ、真っ暗になっても、色々なことを語り合った。

 

中2、中3は共にウオーキング形意拳の練習をする機会も減る。

子には父親以上に語り合える親友が出来、友人たちとの世界が始まった。

 

今日、修学旅行から帰って来た。2日ぶりに会う子、日に焼けて少し大人びた気がする。

父と子の縁は薄くなるばかり、なれどそれで良い。父もそうしてきた。

やがて、子は家から巣立ち、老いた父は、子との思い出の場所を独り散歩するのだろう。

 

■つれづれ、思うこと

「君、君たらずとも、臣、臣たらざるべからず。」

暴君、暗君、犯罪者であろうが、力を持つ組織に忠誠を尽くす(従う)ことが正しい、自分のせいではない。こういう考え方の人が、昨今、増え続けているように思う。

 

齊景公問政於孔子孔子對曰、君君。臣臣、父父、子子。論語 顔淵篇十三

 

斎の景公、政治について問う。孔夫子はいわれた、君主は君主らしく、臣下は臣下らしく、父は父らしく、子は子らしく思い行うことです。

 

最近、度々ブログに書いている。

物ごとの枝葉がまかり通り、本来の目的から遠く離れる、或いは真逆のことが多すぎるように思う。

「君、君たらずとも、臣、臣たらざるべからず。」

とは、君主が君主らしくなろうと足掻くも、その力が足らない、故に(だからこそ)臣下は臣下らしく君主を支えよ、が本来の意だ。

 

孔夫子が述べられている通り、君主、臣下、父、子、それぞれが主体的に道徳的な主観を持ち、自らの役目を果たす前提だ。

君主らしきことを思い行なわない君主、臣下らしきことを思い行なわない臣下、父云々、子云々がそれぞの権益を主張することではない。

 

父は父たる、母は母たる、子は子たる、思い行い、所作を学ばず、まるで全員が幼き子どものままの社会ではないか。

見かけは大人で内面は子どもの大統領が、同じく見かけは大人で内面は子どもで構成された軍隊に命令して戦争を行っている、そして、見かけは大人で内面は子どもの市民が拍手喝采している光景(歴史、既視感、現実?)が浮かぶ。

 

人、一人の内面が軽すぎる、社会全体もシステム在りき、人の存在意義が減る一方に思う。

人として道徳的成熟がなされていない人が多く、社会のレールを外れたときに、自身の内に頼るものがなく、善悪の垣根を簡単に踏み越えてしまう。

 

人の存在意義、人の生きる目的とは何か、

道徳を学び、一人良く生きることだ。そして周囲に道徳を及ぼすことだ。

 

毀誉褒貶は仕方ない、運命はどうしようも出来ない。

だからこそ、人は獣とは違う、道徳、善きことを思い行う、独りでも(だからこそ)行う、集団でも行う生き物だ、そうあるべき生き物だ。

 

道徳的とは何か、忠恕、自らを誠にする、人を思いやることに他ならない。

道徳=宗教でもよい、孔夫子の述べられた忠恕は、言葉を変えて世界の主要宗教でも説かれている。

 

昨今、人の思いが軽すぎる、人の言葉が軽すぎる、人の行いが軽すぎる、人そのものが軽すぎると思う。

 

※参考〈コトバンク〉より抜粋

きみ【君】 君(きみ)たらずとも臣(しん)臣(しん)たらざるべからず

( 「孔安国‐古文孝経訓伝序」の「君雖レ不レ君、臣不レ可二以不一レ臣」を訓読したもの ) 主君に主君としての徳がなく、主君としての道を尽くさなくても、臣下は臣下としての道を守って忠義を尽くさなければならないということ。