○日曜日の朝、11月5日、森
子謂南容、邦有道不廃、邦無道免於刑戮、以其兄之子妻之。
孔夫子、魯の家老である孟孫氏の子息、南容を評す。仁徳によって国が治められているのであれば厚く用いられるであろうし、仁徳が国に無くとも刑罰を受けるようなことはない人物だ。孔夫子は兄の娘を嫁がせた。
「身柄も良く、慎み深い堅実な人物であったらしい。のち先進第十一で再登場する」
#論語
○月曜日の朝、通勤
子謂子賤、君子哉若人、魯無君子者、斯焉取斯。公冶長三
魯の国には君子はいない、という噂を聞いた孔夫子は、弟子の子賤を評していわれた、君子とは弟子の子賤のような人をいうのだ。魯の国に君子がいないなら、彼は誰に学んでここまでの徳を身につけたというのだろう。
「魯の国に君子がいない、という人達こそ徳を知らないのだ」
#論語
○月曜日の夕方、通勤
子貢問曰、賜也何如、子曰、汝器也、曰、何器也、曰、瑚連也。公冶長四
才能に過ぎたる子貢、孔夫子に自らの評価を問う。孔夫子はいわれた、汝は器だな。どのような器ですか、と問う子貢。孔夫子はいわれた、瑚連(宗廟で用いられる最高級の器)だな。
「為政第二にて、孔夫子は『子曰君子不器』(君子は器ではない)、といわれた。優秀な才を持つ子貢に、才を誇る愚を戒められた。のち子貢は政治家・実業家として活躍し、史記にも名を残した」
#論語
○火曜日の朝、通勤
或曰、雍也仁而不佞、子曰、焉用佞、禦人以口給、屡憎於人、不知其仁也、焉用佞。公冶長五
或る人がいう、雍という人は仁徳に優れるも口下手で言葉が伝わらない。孔夫子はいわれた、口下手の何が悪かろうか。言葉巧みに人から信頼を得ても、結局は憎まれるものだ。雍という人が仁者かは知らないが、言葉が巧みである必要など全くない。
「学而第一にある『巧言令色鮮仁』と同じ。言葉を並べるのではなく、まず行動こそ孔夫子の教えだ」
#論語
○火曜日の夕方、通勤
子使漆雕開仕、対曰、吾斯之未能信、子説。公冶長六
孔夫子、弟子の漆雕開を仕官させようとする。漆雕開はいう、私は未だ学問が浅く、仕官しても仁徳による政を行える自信がありません。孔夫子は漆雕開の慎み深さと志の高さを喜ばれた。
「仕官が目的ではない、仁徳を周囲へ及ぼし、仁徳による政で民を救うのだ。その為に学問を学ぶのが儒家だと思う」
#論語
○水曜日の朝、通勤
子曰、道不行、乗桴浮於海、従我者其由也与、子路聞之喜、子曰、由也好勇過我、無所取材。公冶長七
孔夫子はいわれた、仁徳が省みられず、自分さえ良ければいいと思う人たちばかりの世の中だ、いっそ筏を作って遠い国を目指して海に乗り出そうか、真っ先に先頭に立つのは子路だろう。これを聞いた子路はたいそう喜ぶ。孔夫子はいわれた、子路の武勇は私以上であるが、ただ、筏をつくる大木がないな。
「主題は、世の中で仁徳が省みられないことを嘆かれることだが、比喩で遠い国へ行こうかときて、一本気で武勇に富む弟子の子路も評している。子路の喜ぶ顔が目に見えるようだ」
#論語
○水曜日の夕方、通勤
孟武伯問、子路仁乎、子曰、不知也、又問、子曰、由也、千乗之国、可使治其賦也、不知其仁也、求也何如、子曰、求也、千室之邑、百乗之家、可使為之宰也、不知其仁也、赤也何如、子曰、赤也、束帯立於朝、可使与賓客言也、不知其仁也。公冶長八
家老の子息である孟武伯、孔夫子に問う、弟子の子路は仁ですか。孔夫子はいわれた、仁であるか知りませんが、大国で軍政を行える人材です。孟武伯、更に問う、弟子の冉有は仁ですか。孔夫子はいわれた、仁であるかは知りませんが、大国で政を行える人材です。孟武伯、更に問う、弟子の公西華はどうですか。仁であるとは知りませんが、朝廷で外交官を行える人材です。
「何れも仁であるかは知らないと前置きしながらも、ぞれぞれ軍政、政治、外交に関して優秀な人材であると孔夫子はいわれた」
#論語
「何故、孔夫子の弟子三千人の中でも、より優りの高弟の子路たちを仁であるかは知らないと述べたのだろうか」
「最初に思い浮かぶのは天才顔淵のこと、次に孔夫子が丹念込めて育てあげた高弟たちを誇る、自らの心を戒めた慎み深さ」
「第三に孔夫子は先王(尭帝・舜帝)の教えを伝える者として、高弟の三者何れも仁者には足らずとされたのか、論語とは面白い、ますます夢中になる」
#三行詩
「世の中、無情で弱者が虐げられる世の中だ、孔夫子の生きた二千五百年前と現代、何も変わらない」
「孔夫子の嘆きは聖人の御業であるが、私たち凡人も同様に思いはある、ウクライナやガザで亡くなり続ける子供たち」
「不思議だ、四書五経を日々学び、研鑽を重ねていると称する儒家と称する人たちは同じ儒家の間違いを批判しても、今も亡くなっている戦争の犠牲者のことは触れない(私含めて)」
#三行詩
○水曜日の夜、梅田
「少し、腹が立つことがあったので梅田で一人晩飯を酒食し、微酔しつつ紀伊國屋書店本店に寄る」
「古典文学の棚、新潮古典集成『古事記』が煌めいた、手にとって読むとぐいぐい惹かれる」
「これも運だ、レジカウンターに向かい購入する、今夜は読み耽けようと思う」
#三行詩
○水曜日の夜、倉敷コーヒー
「まだ腹がたっているので、帰宅せず近所の倉敷コーヒーへ」
「ウインナーコーヒーを注文し、先ほど買った古事記を開く」
「お洒落な店内、小気味のよいジャズが流れている、さあ、心ゆくまで読もう」
#三行詩
○水曜日の夜、倉敷コーヒー
「孔夫子の教えの対象とは超人ではなく、小人を成長させるものだ」
「結論からいえば、各々、学び続け、自らの才幹の内で仁徳を周囲へ広げる」
「極端なヒロイズムなど孔夫子は否定すらされるだろう、英雄ではなく小人が仁者を目指すのが孔夫子の教えだ」
#三行詩
○木曜日の朝、通勤
子謂子貢曰、汝与回也孰愈、対曰、賜也何敢望回、回也聞一以知十、賜也聞一以知二、子曰、弗如也、吾与汝弗如也。公冶長篇九
孔夫子、高弟の子貢にいわれた、顔回と比べて優るところはあるか。子貢はいう、私如きがどうして顔回と比較出来ましょう。顔回は一を聞いて十を悟り、私は一を聞いて二を知るのみです。孔夫子はいわれた、全くだ、私自身も顔回より優れているとは思わない。
「天才・顔回を述べた句。子貢は兎も角として、師である孔夫子を以てもこの言葉、もはや比較対象が尭帝、舜帝、或は周公旦クラスの人材であったらしい」
#論語
○木曜日の朝、乗り換え
「一度だけ減税を唄うも国民年金の保険料納付「64歳まで」5年延長へ向かう 」
「放置してきた少子化のツケはやはり国民へ、上がるのは国会議員の給与と税金ばかり」
「そもそも働くところがあるのか、あっても若い頃と同じように働けるとでも」
#三行詩
○木曜日の夕方、通勤
宰予昼寝、子曰、朽木不可彫也、糞土之牆不可朽也、於予与何誅、子曰、始吾於人也、聴其言而信其行、今吾於人也、聴其言而観其行、於予与改是。公冶長十
弟子の宰予、学問の最中に昼寝をしてしまう。孔夫子はいわれた、朽ちた木に彫刻は出来ず、泥土の垣根に上塗りは出来ない。どうして宰予を叱る必要があろうか。以前の私は、人の言葉を聞くだけで行いまで信用したが、今は言葉を聞き、その行いを観ることにしている。考えを改めたのだ。
「宰予は弁論に優れるも、実利主義的な人物で道徳を軽視したらしい。のちに斉国の長官に抜擢されるも、田恒の反乱に加担して一族皆殺しにされたと、史記や韓非子に記載が残っている」
#論語
○金曜日の朝、通勤
子曰、吾未見剛者、或対曰、申棖、子曰、長也慾、焉得剛。公冶長篇十一
孔夫子はいわれた、未だに剛の者をみたことがない。或る人がいう、弟子の申棖はどうですか。孔夫子はいわれた、彼は私利私欲が強い、剛の者であるはずがない。
「自らを誠にし、志を以てその理想を実現する為、毅く揺るがぬ意思のもと日々奔走する。剛の者とはこのような人ではないか。私は吉田松陰先生が頭に浮かぶ」
#論語
○金曜日の夕方、通勤
子貢曰、我不欲人之加諸我也、吾亦欲無加諸人、子曰、賜也非爾所及也。公冶長十二
子貢はいう、私は自分にされると嫌なことを、人にすることはありません。孔夫子はいわれた、未だ、汝の及ぶところではあるまい。
「己の欲せざる所は人に施す勿れ、とは言葉で人にいうことではない。独り実践してこその徳であり、孔夫子にいう時点で未だ及ばない」
#論語
○金曜日の夜、自宅
「誰もがヒーローになれる訳ではない、しかし」
「公正無私の誠、という一文字を抱けた人とは、既にヒーローであると思う」
「儒学のヒーローとは、あくまでも圧政に虐げられる民を救うのだ、であるべきである」
#三行詩 #「TOKYO MER〜走る緊急救命室〜」
「誠とは志である、この一文字を実践する為に今日も学問の道を歩む」
「世の中、多種多様のプロフェッショナルの誠があり、志を貫く人たちがいる」
「人の善とはここらで良い、神様・仏様の出番は墓場からで十分ではないか」
#三行詩 #「TOKYO MER〜走る緊急救命室〜」
「仁徳とは人の範囲内にある、神話や宗教ではない」
「孔夫子の教えとは、生きる人の為にある」
「故に、私たちは孔夫子の教えを学び、次の世代に紡ぐのだ」
#三行詩
所感)
■土曜日の夜、自宅
アトピー、悪化する。
肌を掻き壊し、終日寝込む。
やれやれ。
■四書五経
論語は素晴らしい書である。
いってみれば北極星のようなもので、周囲に三書五経、数多の儒学者の書が巡っている。
今だ、その通りだ。何も変わらない。
孟子は毎日、就寝前に読み返している、声に出して読む。
最近、書き下し文を読むのではなくて白文を読んでいる。
ますます孟子に惚れるばかりだ。