四端録

東洋思想に関して。四書を中心に意訳して所感を述べ、三行詩にて日々の出来事、思うことを記しています。

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孟子 天爵なる者有り

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孟子曰く、

天爵なる者有り、人爵なる者有り。

仁義忠信、善を樂しみて倦まざるは、此れ天爵なり。

公卿大夫は、此れ人爵なり。

古の人は、其の天爵を脩めて、人爵之に從へり。今の人は、其の天爵を脩めて、以て人爵を要む。既に人酎を得て、其の天爵を棄つるは、則ち惑の 甚しき者なり。

終に亦必ず亡せんのみ、と。

孟子 告子章句上

 

意訳)

孟子はいわれた、

天下には、天爵といわれる天から与えられた爵位を修めた人がいる。

天爵を修めた人とは、仁・義・忠・信、

仁、人の不幸を見過ごせないあわれみの心。

義、自分の不善を恥じ、不善を憎む心。

忠、天子に尽くす思いやりの心、真心。

信、自らを欺かず仁と義のまま行う誠の心。

これらの徳を修め、その心は思うがまま善を行うことを楽しみ、倦むことがない。

 

一方、世の中には人爵といわれる、人から与えられた爵位を持つ人もいる。

公、卿、大夫などの位階のことを言う。

聖人が世を治めていた頃の古の人は、天爵を身に修めることを主とし、人爵は意図せずとも後から付き従ったもの。

しかし、昨今の人は、人爵を得ることを主として天爵を修めるが、人爵を得た後は天爵を捨ててしまう。

このような地位や名誉を得たいが為に、天爵を得たふりをする人は、せっかく得た地位あわれみの心や名誉を守ろうとしても、早晩、人爵を失うのは明らかであろう。

 

所感

儒学と日本

「心だに、誠の道にかないなば、祈らずとても神や守らん」

菅原道真

この菅原道真公の詠んだ、誠の道、とは儒学の伝える誠、自らを欺かず仁と義のまま行うことを示す。

日本に儒学が伝わったのは西暦513年、仏教よりも早く、現代において儒学由来と知らずに行っている習慣は多数ある。

お中元やお歳暮、仏教式の葬儀方法や仏壇、ご先祖供養、等、日本人と儒学とは、今日でも密接な関係をもつ。

 

■仁の心、あわれみの心の文化

この章の天爵、とされる仁・義・忠・信の徳は、世界的に日本人の美徳とされるような項目が並ぶ。

現代社会において、失われつつある儒学であるが、実は歴史的にも日本の文化、日本人の思想の根っこに儒学は深く根ざしている。

仁の心、あわれみの心の文化は、私たちの民族的なアイデンティティであり、日本人が日本人である為の重要な思想の一つでもある。

 

儒学の現実

大戦、復興、平和な時代を経た今日の日本では、儒学の教えは、中国の古代思想の一つとして、異文化理解のような枠組みでメディアで紹介されいるような有様と化した。

書店の思想コーナーには、見ても意図がよくわからない図解本や、教えの断片をさらに細切れにしたかのような、よくわかる儒学〜的な、紹介本が儒学の本として棚に並ぶ。

 

儒学の形骸化

孟子を学び初めたころ、戦い、戦争を否定する本来の教えと、学ぶ前の儒学のイメージとの差に、率直に驚きを感じた。

大戦前・中にかけて儒学は、国家高揚、国威発揚に利用され、本来の儒学の心である、あわれみの心、思いやりの気持ち、仁の心は失われ、あたかも戦争遂行が是であるかのような曲げられた思想を、国民全員に植えつけた。

そして、戦後、かつての戦争の悲惨な記憶と原因に連なる形で、儒学は省みられることがなくなる。

世代を重ねると、儒学の教えはより形骸化し、過去の日本人が儒学を学ぶことにより修めていた徳も、消えさりつつある。

 

儒学の未来

儒学は日本人の根っこの思想でありがらも、今後ますます希薄になっていくのであろうか。

儒学を学ぶとは、学問の道とは、これまでの日本人の根っこを学ぶことに他ならない。

令和の世の今、儒学は見直される時期にきたのではないか。

儒学の本心、正道を、再び探し求める時期にきたのではないか。

 

今日、一日の読書を学問として、努め励みたい。

#儒学 #孟子