四端録

東洋思想に関して。四書を中心に意訳して所感を述べ、三行詩にて日々の出来事、思うことを記しています。

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大学 天子より以て庶人に至るまで

f:id:aristotles200:20210914200632j:plain書き下し文)

天子より以て庶人に至るまで、

壱に是れ皆身を脩むるを以て本と為す。

その本乱れて末治まるは否す。

その厚かる所(可)き者薄くして、

その薄かる所き者厚きは、

未だこれ有らざるなり。

此れを本を知ると謂い、此れを知の至まりと謂うなり。

大学 第一章第三節

 

意訳)

天子から庶民に至る、あらゆる人にとって、

一身を徳により修めることとは、人としての本源となる。

人としての本源が乱れては、末である目・耳・口・腹の求めるがままの行いが治まることはない。

厚くしなければならぬ、自分の徳を明らかにすることを薄くし、

薄くしなければならぬ、世俗に塗れ、私利私欲を追い求めることを厚くして、

世の中、苦しむ民が救われたことは未だない。

故に、一身を徳により修めることが、やがては世の中の苦しむ民を救うことに至る、という理を知ることが、人としての本源を知ることであり、人として知るということの極みとも言える。

 

所感)

■学問の積み重ね

書き下し文を意訳していて、頭で考えていては、一行も進まないことに気づく。

自ら積み重ねたこれまでの学問を思い、心のままに筆を動かせば自然に文章を書き終えた。

逆に言えばこの意訳は、私の、現時点での学問の積み重ねの結果と言える。

ブログを始めた頃と比べると、驚きを感じる。

学問の道とは、面白いもの。積み重ね、重ねるほど、気づかずとも着実に学問の道は歩めているのではないか。

 

■学問の道

中間試験の大学第一章の意訳を終え、ほっとしている。

再び、ベース基地の孟子の意訳に戻るとする。

ただ、今回の大学の意訳で、王陽明伝習録に興味を抱き、さっそくAmazonで購入する。

本来であれば明治書院が定番であるが、伝習録溝口雄三先生の書が定番とのことで、

中央公論社刊、「世界の名著シリーズ、朱氏、王陽明」を安価で購入する。

王陽明陽明学孟子の系統とのこと。

今後、通読を繰り返した後、このブログで意訳を行いたい。

一般的に、中間試験のあとは期末試験となる。

またいつか、大学第二章の意訳も行う。

それまでにいっそう、学問の道を積み重ねたいと思う。

 

今日、一日の読書を学問として、努め励みたい。

#儒学 #大学